〇生食にこだわる私たち
飲食店の記事を書いていてハラハラするのが、肉の生食メニューのコピーを書く時だ。
前職では保健の記事を書いていたので、「肉は絶対に中心までに火を通して食べましょう!!食中毒は命にかかわります!」みたいなスタンスで文章制作していた。そんな人間が今では「鮮度抜群だからこそ実現できる生食!」とか書いているのだから人生はわからない。
少し前、やたらと焼き鳥屋の記事が続いたことがあった。こういったお店は、鶏を自分の店でさばいたり、信頼している業者から卸してもらったりしているので、「鶏刺し」も提供していることがある。
「鶏刺し」のコピーで多いのが、先も述べた通り「鮮度抜群だからこそ実現できる」というものだ。
やっぱり頼む人が一瞬「大丈夫かな…?」とひるむのを安心させたいのだろうか。「産地直送だからこそ実現可能な旨さ」とか「さばいたその日にご提供するので鮮度抜群」など、産地やスピード感をアピールするものが多い。確かに、何となく「有名な産地だったらしっかりしてそう」「さばきたてだったら菌が繁殖しなさそうだし安心なのでは…?」みたいな気持ちになる。
しかし、そう書きながらふと、友人が鶏に当たった時のことを思い出した。
よく知られている通り、牛や豚と比べても、鶏に当たった時の人間は特に悲惨だ。
焼き鳥をメインにした居酒屋で食事をした後に異変をきたし、お腹が痛すぎて夜も眠れず、うーんうーんと唸りながらベッドの上でのたうち回っていた友人を見てから、私はフランクな感じでやっている焼き鳥屋に足が向かなくなった。何が怖いって、ある程度回復するまでトイレから離れられないので病院に行けないのだ。別の友人が言っていたが、保健所に食中毒を訴えようとしても、回復しなければそれもできない。つまり、その店は往々にして何事もなかったように営業を続けてしまうということだ。
その時のことが気にかかり、記事を書く手が止まった。
「鮮度抜群なので大丈夫」は果たしてほんまかいな…?
調べてみた。
立場によって言うことは様々なのでいくつか論はあるのだけれど、私が一番衝撃を受けたのは以下の内容だ。
「鶏料理で一番大切なのは『さばき方』。いくら産地や鮮度を厳選していても、さばく過程で鶏肉がカンピロバクターに汚染されてしまっては元も子もありません。肉が汚染される場合は大きく二つ。解体時に腸管がちぎれて肉を汚染してしまうことと、羽をぬいた根元に菌が入り込んでしまうパターン。また、店で菌が付着した包丁やまな板を使ってしまうと、鶏肉全体に菌が付着します。」
なんと、安全かどうかに産地や鮮度は正直関係なかった。どちらかと言うと「さばき方」が大切だったのだ。でも、消費者は店の厨房まで入っていってさばき方を見れるわけではない。そんなの、提供される肉が汚染されてない保証なんてどこにもないじゃん…!
他にも、「生肉にはそもそもカンピロバクター菌が付いている」という元も子もない主張もあり、いくら気を付けていると言ってもどうしようもないのだと絶望する。
食中道の症状は(ここであえて言う必要もないが)下痢、嘔吐のほか重症化すると死に至る危険性もある。
そんなに恐ろしいものなのに、なぜ店で出すのか。それは、もちろん「食べたい」と思う人が大勢いるからである。
こんな危険を冒してでも生で食べたいと思わせる鶏肉って一体…!
そう思いながらコピーを考えつつ、「鶏刺し」の写真を見つめる。
つるん、とした肉質。噛むと弾力がありそうな盛り上がり。これを、横に添えられた特製たれにくぐらせて口に入れたら、きっと肉の旨味が広がって…。
「おいしそう…!」
どんなに危険かを散々書いた後にもかかわらず、自然と唾液が出てきた。
それは、きっと人間が『危険 < おいしそう』という脳になってしまっているからである。欲には勝てない。
悲しいかな、私たちが狩りをしていた頃から変わらない切ないさがなのかもしれない。
そうして今日も、私たちは危険を冒しながら肉の生食を楽しんでいる。
(食欲をさがして 19)