〈書評〉『「性格が悪い」とはどういうことか───ダークサイドの心理学』小塩 真司
あのやたらと傲慢で自己中心的な人は、一体なんなんだろう?我々は、人生において、一定数性格の悪い人と出会う。彼らを説明する「言葉」が欲しいと思ったときに手に取るべきなのが本書だ。
心理学には、人間の悪の気質を説明する概念がある。ダーク・トライアドだ。これは、従来、性格の悪さを説明していた3概念を組み合わせて語る事をデル・ポールハスが提案したもので、マキャベリアニズム、サイコパシー、ナルシシズムから構成される。もっとも、辞書の中で、性格の悪さを示す単語を洗っていくと、この3つに付け加えて、サディズムという概念も加えて、ダーク・テドラットとする事もある。ざっくり説明すると、マキャベリアニズムは、人を目的のために道具として使う、サイコパシーは人の痛みが分からない、ナルシシズムは傲慢で自己中心的、サディズムは人が苦しむのを見て喜ぶという、それぞれ傾向だ。
これら特性を持つ人物が周りにいる人は大変だ。著者によれば、ダーク・トライアドを強く持つ人物は、例えば職場において周囲の心理的安全性を損なう。なぜなら、彼らは非生産的職務行動を取る事が多いからだ。非生産的職務行動とは、職場において非協力的な行動で、例えば理由なく頻繁に遅刻するとか、法律やルールの逸脱、不正隠し、セクハラパワハラ、差別、口撃…。とはいえ、彼らは能力の高さを発揮したりもする。例えば、ナルシシズムは職務パフォーマンスの高さと結びつく。ただ、サディズムを強く持つ人は、課題パフォーマンスの低さにも関係しており、単に有害なだけかもしれない。
それだけに留まらない。彼らの問題点をあげていこう。①彼らは、情緒的で脈絡のない恋愛を好み、略奪愛と関係する②ビッグファイブという性格診断を用いた研究では、協調性が有意に低い③誇大性ナルシシズムはつまり自己愛性パーソナリティ障害であり、潜在的自尊心と顕在的自尊心のギャップが激しい(前者が低い)④マキャベリアニズムとサイコパシーもこれらパーソナリティ障害と関連性がある⑤孤立しやすく、孤立するとネット荒らしになる。もっと挙げればキリがない。
周りにこのような人物がいたらどうすべきか?もしくは、自身の特性にこれらを自覚した人はどうすればいいだろうか。その問いの前に、大前提を示しておく必要がある。本書は一貫して、性格は時や状況によって変わるものであると主張している。場合によってはダークトライアドが高くなったり低くなったりするということだ。だから、周りにしろ自分にしろ、性格を固定的に見てはいけない。その上で、有害な人物からは距離を取り、自身の有害性を自覚したら、開き直らず、真意に直したいと思うのが重要だと私は考える。事実、本書にも、マキャベリアニズムとナルシシズムは加齢に応じて徐々に低下していく可能性が示唆されているし、社会と時代によって、協調性が錬磨される事に期待するのもいいだろう。
人間の闇の部分を描いた著書ながら、単に露悪趣味に陥る事なく、淡々と相関関係を示していく筆致は見事だ。ダークサイドの有害性を指摘しながら、社会の多様性のためには完全に排除するべきでもないという視点を取っており、多くの点で頷ける。ダークサイド研究を概括しており、興味深い数々のトピックは、身の回りの彼らに対する画素数を上げてくれるだろう。人は誰しもダークさを抱えている。それを、単に開き直るのでも、極度に落ち込むのでもなく、受け入れた上で次の道を模索する。本書はその為の一歩に繋がる、優れた新書である。