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"Clark And Division"『クラーク・アンド・ディヴィジョン』

Nisei, hakujin, yogore(s), sunao, pechanko, okayu, koden(香典), shikataganai, Manju(nickname)...

1944年の春、二十歳のアキ・イトウは、シカゴのユニオン駅に両親と共に降り立った。2年近くもマンザナー日系人収容所暮らしを余儀なくされていたが、ようやく解放される事になり、住んでいた西海岸エリアには戻れないかわりに、中西部へ移住を許されたのだ。先に姉のローズがシカゴへ旅立っており、半年ぶりに一家が揃う事に安堵し胸を弾ませていた。ところが駅にローズの姿は無く、代わりに出迎えてくれたのは収容所リーダーの2世と幼馴染のロイ・トナイで、思いもかけない事が起こり、昨日地下鉄で事故があった、と言葉少なに告げられる。ローズは亡くなったのだ。しかも自殺と処理されていて…。

カリフォルニア在住の日系3世作家、ナオミ・ヒラハラさんによる、日系人関連ミステリー新シリーズ第1弾。以前、帰米2世おじいちゃんが事件を解決する、マス・アライシリーズ(『ヒロシマ・ボーイ』等)をご紹介したが、これまでの作品は現在のコミュニティーが舞台で、過去を振り返るシーンで戦時中の日米間に起こった出来事、とりわけ日系人の身に起こった事がさりげなく行間に散りばめられていた。それに対し、今回はまさに戦時中に焦点が当てられ、私達の祖父母(お若い方なら曾祖父母)が生きた時代の、アメリカにいた日系ファミリー目線で、当時の状況や人々の暮らしが長年の入念なリサーチのもとに緻密に描かれている。

日本生まれの親を持つ日系2世が、戦時中に体験した出来事を自伝や小説にした作品は数あるけれど、収容所の事も授業で取り上げられないせいか邦訳も余りなされず(あってもなかなか日の目を見ず)、私達の目には留まりにくい。さらに当時の貴重な実体験を窺い知る事はできても、どうしても若干の表現の古さや感情のバリアを感じてしまい、何ていうのか、良くできた模範的作文を読んでいる心地になったりする。シアトル育ちのモニカ・ソネが書いたNisei Daughter(1953)が「ようやく(自分の中の)日本人とアメリカ人の部分が溶け合った」と締め括られているように。(そうでも言わないと前に進めなかったのかもしれないが…。)
その点、ヒラハラさんのように後世の作家が手がけると(新たに翻訳するケースも然り)、言葉にフレッシュな空気が吹き込まれ、情景や人々の息遣いが鮮やかに蘇ってくる気がする。過去ではなく現在完了というか、現在への繋がりを感じられるのだ。それは例えば戦後40年経ってようやく、レーガン大統領が日系人に対して謝罪し補償金が支払われたとか、日系の知事や政治家、スポーツ選手が活躍するようになったとか、その後の未来を知っているというのもあるかもしれないし、また911後のムスリム系アメリカ人に対するヘイト、そしてコロナ禍からのアジアンヘイト(現在進行形)への日系・アジア系コミュニティーのリアクションも決して無関係とは思えなくなる。ちょっと脱線してしまったが…。

さて、シカゴの「クラーク・アンド・ディヴィジョン」駅近くで、悲しみを抱えながらも新生活を始めたイトウ・ファミリー。アキは姉ローズが自ら命を絶ったとは信じられず、姉の元ルームメイトや職場を訪ね歩いたり、警察に乗り込んだりして、独自に調査しようと孤軍奮闘する。同時に図書館での職も得、ポーランド系、アフリカ系の友人もでき、アイスクリーム屋でストロベリーアイスを楽しみ、ダンスパーティーにも繰り出し、久方ぶりに訪れた春を満喫したりもする。ヒラハラさん描く若き女性は、いつも生き生きとしてポジティブで清々しい。とはいえ時はまだ戦時下、2世男子達がアメリカ兵としてヨーロッパ戦線へ出征してゆく様も描かれている。

原書リリースから3年の時を経て、前作『ヒロシマ・ボーイ』も担当された、芹澤恵さんによる邦訳本がこの6月に発売された。西海岸は何度か訪れた事があるけれど、中西部や東部に関してはまるで未知の世界。芹澤さんのテンポがよく飄々とした文体は、登場人物に息を吹き込み、まるで自分もシカゴの街で全てを目撃しているかのような臨場感に溢れており、姉の陰に隠れていた若い日系人の女の子が、ひとりの個を持った女性へと成長してゆくストーリーとしても、充分に楽しめる作品だと思う。

(ここまで読んで下さった奇特なお方、ありがとうございました…続編Evergreenも発売されているけれど、邦訳はいつ出るのかなぁ😆)

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