屋上で上司と未来のないセックスをしていたら【前編】
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「おら! おら! おら! ……どうだ! 藤木くんっ……! いいかっ?」
「か、課長っ……す、すごいっ……すごいですっ……」
会社の屋上で、上司とセックスしていた。
わたしは30前で独身。
課長には奥さんと子どもが二人いる。
はっきりいって、ノーフューチャーな関係で、ノーフューチャーなセックスだった。
わたしもそれくらいはわかっている。
でもわたしは室外機に手をついてお尻を突き出し、課長に突きまくられ、さも気持ちよさそうに喘いでいた。
それほど気持ちいいわけではなかったが、そういうふうに演じると課長も喜ぶだろうし、なんの未来も発展性もないセックスをわたし自身が楽しんでいるかのように、自分を騙すこともできるかと思った。
でも、それほど良くなかった。
まだ肌寒い季節だったし。
「おおっ……すごいっ……締まってるぞ……締まってるぞ藤木くんっ……」
「んあっ……か、課長もっ……やばいっ……すっごくかったいっ!」
とかなんとか。
あと数分かそこら、こういうやりとりが続く。
……と思っていたら、屋上に人影があった。
「ひっ……」
「ど、どうした?」
「だ、誰かいます……人が……」
ぎゅん、とわたしのなかで課長のちんちんが急速にしぼんで、わたしから出ていく。
「そ、そんな……昼休みでもないのに……」
声が震えていた。明らかにビビっている。
課長はどうしようもないチキンだ。
わたしはパンツを上げて、スカートを降ろして、そーっと室外機の物陰から歩み出た。
「えっ……」
グレーのスーツを着たわたしと同じくらいの歳の男性が、フェンスをよじ登ろうとしている。
うちの会社の人じゃない……ようだ。
「ふ、藤木君……ねえ、放っとこうよ……」
「放っとく? ……か、課長、あの人……たぶん自殺する気ですよ?」
「で、でも……関わりあいになりたくないよ……」
ちらり、と肩越しに課長を見る。
もとからたいしていい男でも頼りになる男でもないけど、その時わたしの目に見えた課長のモブ、というかザコ感はひときわだった。
わたしは課長を無視して、フェンスをよじ登ろうとする彼に近づいて行った。
「あの……」
「ひっ!!」
彼の肩がビクッ! と震える。
とても華奢な男性だった。
フェンスに掴まったまま、肩越しにわたしを見る。
「ええっと……その、あの……何……してるんですか?」
「な、何って……」
確かにうちの会社の人ではない。
痩せて、蒼白い顔をした気の弱そうな男性だった。
長めの髪に整髪料はつけていない。
何度か……このビルのエントランスやエレベータで顔を見たことがあるかもしれない。
まだ若い……かなーーーり若くて、顔が幼い。
そして覇気がない。
「あの……ひょっとして……ここから飛び降りようとか……思ったりしてます?」
わたしは、慎重に言葉を選んで言ったつもりだったが、かなりダイレクトな質問になってしまった。
「えっ……ま、まさかそんな……ち、違いますよっ……そんな、やだなあ……ははは」
そう言いながらも、彼はフェンスに掴まったままで足は屋上の床についていない。
まるで壁に貼りついた蠅だった。
ちら、と肩越しに課長のほうを見た。
こっちは室外機の後ろに、ゴキブリみたいに隠れている。
ゴキブリと蠅……どっちがマシかな?
蠅……かな? 蠅のほうが若いし……てか今にも死のうとしてるけど。
「死のうとしてますよね? ……理由まで聞きませんけど、ヤメたほうがいいですよ!」
わたしは自分が、ここ数年くらいでいちばんマトモなことを言っているのに気づいた。
「あなたに何がわかるんですかっ!!」
と、ハエ、じゃなくてフェンスに貼りついてるシケシケマンが叫ぶ。
「はあ? わかるわけないでしょっ? ……てかわかる気もねえよ! 知るかっ! テメエはわたしのことわかるのかよ? ……わからねえよなあ? わかるわけねえよな? ほれっ! 見ろっ!」そう言ってわたしは背後の室外機の裏に隠れたゴキブリ……じゃなくて課長を指さした。「わたしの立場がわかるっ? あの、害虫みたいな男がタマって、サカって、ヤリたくなったらLINEで呼び出されて、屋上に連れ出されて、スカート捲り上げられてパンツ降ろされて、簡易トイレみたいにファックだよっ?! わかるか? テメー、仕事で失敗したとか、職場でイジメられてるとか、どーせそんなことで死のーとか思ってんだろ? ……わたしなんか、あんな(と、背後の室外機の後ろでほぼ見えなくなるほど身を隠している課長を指さす)おっさんの簡易トイレだよ? それでも生きてんだよ! 何のために生きてるのか、とかそんなのどーーーでもいいんだよっ! お前ら、お前ら男はホントに気楽だよな? 人生も死もっ!! ……とにかくわたしの前で、てめーーーみたいなどーーーーでもいい奴が自殺するなんて絶対ゆるさねえっっ!!」
一息にそれだけ叫んで、自分がほんとに意味のあることを言ってるのかどうかとか、そういうことは一切考えなかった。
まだ彼はフェンスに掴まったままだ。
地面に降りていない。
まだ……生と死の境目の、ちょっと入り口のあたりで立ち止まったままだった。
「…………あなたに何が……」
彼の掠れた、弱気な声をかき消すようにわたしは言った。
「興味ねえよ……降りてこいよ」
まるで叱られた犬みたいに、彼は言いつけどおりにすとん、と地面に降りる。
そしてそのまま、がっくりと床に膝をついた。
「僕は…………」
彼がまた何かを語り出そうとしたので、わたしはついにブチ切れた。
「うるせえよ!!!」
駆け寄り、胸倉をつかんで立たせた。