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日本語能力試験を作る連中
僕は日本語も外国語も流暢に話すのは得意ではないです。
状況に応じたせりふを発することが少なく、頭で考えながら話すので、日本語ですら文法が途中で崩れてきますし、単語の意味に即した使い方になっていないことも多いです。これは外国人に日本語を教えるときに自覚し始めました。
さまざまな言語を習得してきた大学教授の著書でも、
外国語を勉強すると、自分の日本語のあり方を見つめ直すことになるという意味のことを書かれていました。
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母国語すら苦労を覚える状況ですが、外国の方と自分の考えを論理的に話すように心がけていて、その過程でここ最近、外国人の知り合いが増えてきました。
知り合いの外国の方で、日本語能力試験を受けた方に何人か話を聞く機会がありました。
過去問を見たところ、みなさんも中学とか高校のときに、英語の文の並び替え問題をやったことがあると思いますが、あれを日本語版にしたような問題形式がありました。
日本語でみると本当に滑稽な問題形式です。
なぜなら、論理的に考えると解けてしまうからです。
例えば下の問題ですが、
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ある程度の知識があると、選択肢を1の後ろに来ないものを消していき、残った選択肢をつなげて、更に次の選択肢を消去法で決めていくと、絶対に前後になる組み合わせができます。そして、それを解答欄にいれてまた消去法をすればとけてしまいます。あるいは、最初の選択肢の消去法で正しい並び方がわかってしまうケースもあるかもしれません。この言い方は流石に間違っているという、受動的な知識と判断さえできれば、簡単に正解できます。
大学入試の際、頭の悪い予備校の講師が、並べ替え問題や日本語訳問題を、論理的に説明しながら解いていて、できない受講生(客)をバカ呼ばわりしていましたが、
そもそも、予備校の授業の解説みたいに文法的に整合性のある文を作ろうとすると、脳のリソースを使いすぎて会話(メールも含む)にならなくなります。アプローチが間違っています。(大学に入ったときに留学生に見せたら、試験時間30分配分される問題は「2分でわかる」と言っていました。)
余談ですが、僕が英語以外の外国語で一番苦労したのは、現地の人と飲み屋にいったときに世間話です。例え話がどんどんでてきて、それらを全部理解して、はやりや最近聞く話題もしっておかないと、途中で理解できずに当意即妙な返しができずに止まって、会話が白けてしまいます。
理想的には頭で考えないで文をつくることができ、書き言葉であれば書いた後に文法的なチェックをいれるというのが現実的なはずです。
上記の問題も、論理的に考えてしまうととけてしまうので、数学のパズルのようになってしまい、スコットランドのパブでビールが頼んで隣の人と意気投合できなくても、偏差値だけは上位5%にいる人間みたいな、意味不明な能力評価になってしまいます。
問題は、このような短所がわかっているにも関わらず、国内の英語の試験のみならず、日本語能力試験にも同じような問題形式が使われてつづけている点です。
こういう問題を作成している連中は人間の能力を真の姿にできるだけ即すように評価したいというモチベーションはないのでしょうか。
教育の黎明期でわら半紙と鉛筆しかなかった時代はそれでもよかったでしょうが、今はCBTといってコンピューター上での試験もあるし、僕が10年以上前に受けたTOEFLでも、すでにあるお題について即興でスピーキングし録音された内容から試験管が出来を評価するというシステムができていました。技術の発達によりある程度の評価の省力化も可能になってきていました。
すくなくとも、言語能力以外の方法で高得点をとれるハッキング方法が存在する問題形式をつづけるというのは、コストだけかけて実際には能力のない人間をあると判定してしまうことにもつながりません。
なんでも論理的に解けてしまう試験や資格問題をむやみに作ってしまうと、思考能力が必要ない能力を測る場面でも、考えることで点数が大きくついてしまいます。脳の学習機能も急速に解明されつつあり、例えば、言語においては、次にくる言葉の確率を脳が無意識に計算しているというメカニズムも提唱されています。思考とは別の能力にウェイトを置く場面では、試験方法をどんどんリニューアルしていくほうが自然と思います。