軍事訓練について
中学でイギリスの学校にいた時、ほんの少しだけ軍事訓練を受けていた。
いわゆるパブリックスクールと呼ばれる種類の学校だったので、授業として軍事訓練があった。
直近の選挙で与党の「保守党」が兵役復活を公約に掲げるなど、イギリスは日本と比べると軍事に対するアレルギーが少ない。
もっとも、保守党は公約とか関係なく普通に、労働党に歴史的大敗を喫したので、兵役復活は実現されなかった。
貴族制度があった時代、貴族が貴族たる大義名分は、「戦争になったら戦うから」だったらしい。
すなわち、第一次世界大戦までは(少なくとも建前上は)戦争で出兵するのは貴族階級の者だった。
領民や土地を外敵から守るのが貴族の仕事で、だから平民よりも貴族は偉いのだ、というのが、ものすごく大雑把に言った「貴族階級」の根拠だった。
その流れを汲んだ「ノブレス・オブリージュ」の一環として、現代でも、戦争になったら金持ちが真っ先にライフルを手に取るべきだ、みたいな思考回路が(建前としては)残っているらしい。
そういうわけなので、ほとんどのパブリックスクール(授業料がクソ高い私立の中高一貫の学校)では「Combined Cadet Force」という、政府による学生将校養成プログラムが必修となっている。
具体的に何をしていたか、思い出せる範囲で列挙してみようと思う。
1.応急救護
自動車免許を取る時に受けるあれである。
2.軍事施設見学
トイレが男女共用だったのが印象的。
見学だけでなく、ワークショップみたいなのにも参加した。
五人のチームを組み、一人がロボットアームを操縦するのだが、操縦士は操作パネルを遠隔で触っているだけで、実際の「現場の」ロボットアームを見ることができない。
現場でロボットアームを見ている残りの四人が口頭で指示を出し、決められたツミキを移動させる、というゲーム。
要は、ちょっと複雑な「スイカ割り」である。
3.テントの設営
二人組になり、簡易テントのセットを渡される。
敷地内の雑木林に解き放たれた二人組は、決められた時間内にテントを設営し、これまた時間内に跡形もなく撤収しなければならない。
4.ランニング
銃撃戦を想定しているので、ジグザグに走る。
体操着の代わりに迷彩服なのはいいのだが、軍靴(ブーツ)がクソ重いのが難点。
ライフルを持たされると最悪。
アフリカなら話は別かもしれないが、ことイギリスにおいては、軍事目的のライフルに子供用なんてものは存在しないので、中学生にとっては非常に重い。
5.匍匐前進
地面が天然芝だし、順番が来るまでは寝っ転がっていられるので、気候さえ良ければ意外と心地いい。
6.集団行動
日本の学校教育を受けた者なら普通に馴染めると思う。
「前へ倣え」の代わりに敬礼するぐらいで、あとはそのまま。
7.早着替え
迷彩服や軍靴などへ着替える。
8.ライフルの安全確認
「もしうっかりライフルを拾ってしまったら」という想定の下、暴発でケガをしたり、死んだりしないための訓練。
ちゃんと思い出せないのだが、たしか「7点チェック法」とかいうやつがあって、色んな方向から弾が入っていないことを確認したり、セーフティをかけたりする。
9.サバゲー
僕はすでに帰国していたので参加しなかったが、年度末まで残っていたら、各校対抗のサバゲーに参加することになっていた。
とはいえ軍事訓練の一環である。
たとえば、誰かが敢えて撃たれることで敵の位置を割り出す「囮作戦」や、決死の覚悟で叫びながら敵陣へ突っ込んでいったりしようものなら、後でめちゃくちゃ怒られる。
以上、男女関係なく全員参加の授業だった。
唯一の例外はドイツからの留学生で、「私は反戦主義者なので、軍事訓練には参加しません」という主張が見事認められた。
ロシア正教徒のロシア人に、プロテスタント系の教会礼拝を強要していた教員連中も、さすがに、(実弾が入っていないとはいえ)ドイツ人にライフルを持たせて訓練することには、いささか抵抗があったのかもしれない。
昨今はドイツ国内でもネオナチの動きが活発化していると聞く。
彼女がいまも大過なく過ごしていることを、心から願うばかりである。