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【短編】『ジョルティン・ジョーの鼻』(中編)

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ジョルティン・ジョーの鼻(中編)


 今ではトリュフハントに犬を使うことが主流となっていた。以前は豚が使われていたそうだが、トリュフを見つけると同時にそのまま食べてしまうため商売にならなかったのだ。トリュフハント界隈では秘密主義が徹底されていた。自分がトリュフの菌の繁殖地を見つけると、そこを独り占めするために外部に情報が漏れぬよう皆細心の注意を払うのだ。イタリアでトリュフハントが流行し始めると、一気に競争は激化し他のハンターの犬に間接的に毒を盛る者までで出てきたほどだった。トリュフハントにおける規制は徐々に厳しくなり、正式にトリュフハンターになるには狩猟免許のような特定のライセンスが必要になった。もちろん、私にはその試験を受けるお金すらないため非公式に行うしかなかったのだが。しかしなんの偶然か、トリュフハントの作法を調べていく中でわかったことなのだが、トリュフハントに適した犬種がなんとロマーニョ・ウォーター・ドッグだったのだ。私は合点がいった。なぜジョルティン・ジョーはあんなにも予測する能力に長けていたのか。それは遺伝子からきていたのだと。私はますますトリュフハントに熱が入り、ジョルティン・ジョーを訓練しようと考えた。こうして私はトリュフハントによって一攫千金を狙うことを決意した。

 犬の訓練にはトリュフの匂いを覚えさせるのが手っ取り早かった。よく行われているのは、トリュフをペースト状にしてから野球ボールに塗ったあと、ボールを隠して犬に見つけさせるという訓練手法だ。すると犬はその匂いを覚え、トリュフハントの時に同じ匂いがする場所を特定できるという寸法だ。しかし、私は肝心なことに気づいた。そもそもトリュフが手元になかったのだ。やはり新聞にも出ていたように、稀有なトリュフを買うには高額なお金が必要になる。それも家を建てられるほどのだ。そんな大金は手元にないし、どうすればトリュフを手に入れることができるかと思案した。そう言えば、昔家族で高級レストランに行った時に私はトリュフを食べたことがあるのだ。つまりは高級レストランのどこかにトリュフが保管してあるということだった。レストランに潜り込んでトリュフを盗み出すのは体を張ればできないことではなかったが、訓練用となると定期的に調達する必要があった。毎回盗みに入ってはいつか捕まってしまうことは見え透いていた。そこで私は、ある名案を思いついた。それは、高級レストランで仕事をもらい、定期的にこっそり少量のトリュフをいただくということだった。

 早速、高級レストランの求人を調べようと、いくつものお店に直接仕事がないかと直談判しにいった。裏口でタバコを吸うウェイターらしき人に声をけると、彼は忙しいの一点張りだった。しつこく話しかけると、営業後に来なとあたかも苛立っている様子で答えた。私は夜遅くに店に訪れると、すでに従業員たちは明日の準備に取り掛かっており慌ただしい雰囲気が見て取れた。恐る恐る小走りで去るウェイターに声をかけると、驚いた表情で私の方を振り向いた。

「あ、すみません。気がつきませんでした。お忘れ物でしょうか?」

「あ、いや、実は」

と私は一瞬口をつぐんでしまいそうになったが、殺伐とした空気に押し負けてたまるかと自らを奮い立たせて言った。

「実は、ここで何か仕事をもらいたくて。働きたくて」

「君、職なしか。申し訳ないが、ここはもう人が足りてるんだ。他のところで聞いてみな」

男からのその言葉を最後に私は店を出た。やはり、のこのこと店に現れた素性もわからぬ者に仕事を与えるほど高級レストランは貧相な場所ではなかった。何軒ものレストランへの直談判を続け、そろそろ潮時かと考えていた頃だった。夜遅くにとあるレストランに訪れた。すると、ちょうど若い女の従業員が裏口に出てきたため咄嗟に声をかけた。

「あの、ここで何か仕事はないかな?ですか?」

「君、仕事探してるの?」

「そうなんだ。です」

「あんた面白いわね。敬語じゃなくてもいいわ。敬語にすらなってないけど」

「ありがとう」

「ここで雇ってくれないかな?」

「私に言われても困るわ」

「じゃあ、お店の偉い人に頼んでくれない?」

彼女はしばらく考え込んでから私の方に視線を向けて答えた。

「いいわよ」

「本当かい?」

「ええ」

「前にもこうやって雇ったことがあるの」

「じゃあ、私も?」

「わからないわ」

「でも聞いてくれるんでしょ?」

「ええ、ちょっとここで待ってて」

と言って彼女は店の中へと去っていってしまった。しばらくして、裏口のドアが開く音がすると、彼女が戻ってきた。

「いいそうよ」

と一言残して、中へと入ると再びドアから顔出して言った。

「何突っ立ってるの?仕事いらない?」

「あ、いや、いるよ」

あまりにもあっさりと仕事をもらえたことに私は動揺してしまっていた。中に入ると、彼女はモップを取り出して私に渡してきた。

「これで調理場の掃除をしてちょうだい。やり方はわかる?」

「うん」

私は調理場やトイレなど客の目に触れない場所の掃除を一挙に任された。これは願ってもいない機会だった。私は誰もいない調理場全体に水を撒きモップを擦った。そしてタイミングを見計らって、冷蔵庫を片っ端から順に開けていった。見たこともない色の野菜のようなものや、魚、大きな肉、ソース類、ドレッシング類と食材ごとに丁寧に分けられていた。野菜の場所を注意深く観察していると、それは透明な袋にまるで危険薬物みたく詰められて保管されていた。新聞で見たものと同じ種類だった。私は白トリュフを見つけた。


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