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【短編】『大きな男』

大きな男


 僕は学校への道中に小道を歩いていると、徐々に道幅が狭くなり、気づくと両側にあったはずの壁もガードレールも指で持ち上げられるほどに小さく縮んでしまった。まるで僕自身が街全体を襲う怪獣のように大きくなってしまったかのように思われたが、あるいは街自体が小さくなってしまったのかもしれなかった。ひとまず僕は家に戻らないとならないため、来た道を戻ろうと後ろを振り返るも、もうそこにはかつてあったはずの景色は存在しないのである。よく駅前の掲示板の横にある街の周辺地図のように、目の前には建物の屋根や屋上の光景しか映っていなかった。そのため自分の家を探すのには非常に苦労した。僕は駅前の掲示板の横にある街の周辺地図を思い出して、これが小学校、これが市役所、これが公園と順を追って街全体の情報を頭に流し込んだ。すると、ふとある部分だけがやけに光り輝いて見えるのである。しかし、すぐにその輝きは薄れていき徐々にそれが我が家であることに気がつき始めた。輝きは自分自身の頭の中で起こっていることで、実際に自分の家が光っているわけではなかった。よく見ると、屋上には物干し竿が並べられ、母親が布団を丸ごと洗って乾かしているようだった。上からだと小さな紙ティッシュが何枚も風に靡いているかのように見えた。しかしこうして我が家を眺めていると、いかに狭い敷地内に建てられているかがよくうかがえた。隣には旅館の母屋があり、反対にはアンティークショップが立っていた。後ろ側あるいは正面の反対と言うべきか、そこには旅館の別館が建ち、正面には道路の代わりに川が流れていた。つまり正面は旅館の別館のある側と言えよう。しかしなぜこうも変な場所に我が家が建っているのか不思議だった。いつもは何も考えずに旅館の別館の裏口を通って玄関まで行っていたが、他の家は玄関が大きな通りに面して作られていることの方がほとんどなのだ。郵便物を受け取る時も、わざわざ別館の方まで挨拶に行っては、何か届いていないかと尋ねることが常だった。

 しばらく我が家を上から眺めていると、近くに広がる緑色に覆われた大きな区画が目についた。再び街の周辺地図を頭の中で連想させるとそこは神社であることがわかった。川を挟んだところに鳥居があり、全体は丸く縁取られ上から見るとなんだか妙な形をしていた。神社には何度か家族で訪れたことがあったが、いつも何かの催しを行なっており、僕はそれを見るのが楽しかった。お父さんが顔を白く塗って、おじいちゃんから透明な水をお皿に注いでもらっていた。おじいちゃんはもう死んでしまったけれど、その思い出は今でも僕の頭の中に鮮明に残っている。しかし、どうしてあんなままごとをおじいちゃんとお父さんがやっていたのかはわからなかった。確かに僕もお父さんとままごとをするのは楽しかった。どうやらお父さんもそれがずっとできなくて寂しかったんだろう。

 川沿いを少し上っていくと、丸く囲われた湖につながっていた。その湖は地図なしにすぐに記憶が蘇った。昔、湖には神様がいるから入ってはいけないとお母さんが言っていたが、ある日僕はこっそり泳いだことがあるのだ。ちょうど夏休みが始まって、友達と街やら森やらを探検していた時のこと、偶然湖にたどり着いたので一休みしてから引き返そうと友達に言うと、突然友達は服を脱ぎ始めて湖目掛けて飛び込んだのだ。僕は、ここは泳いじゃいけないんだと言っても、友達はその言葉にお構いなしに泳ぎ続けた。次第に僕も泳ぎたい気持ちが優って服を脱ぎ捨てた。あの時味わった危険を犯してまで遊びほうける感覚がなんだか新鮮だった。

 僕は不意に、神社の敷地の丸みと湖の丸みがどこか似通っているように思えた。湖は自然に作られたものだから運良く丸くなったとして、神社はわざと丸く木を切り倒して作ったように思えた。すると、その二つの丸のちょうど間を結ぶ川によって線ができあがったのだ。僕はこの印のことを知っていた。我が家の前に建つ旅館の入り口の暖簾にもこれと似た模様が描かれているのだ。これは何か意味があるのではないかと思った僕は、ふと死んだおじいちゃんが昔僕に言っていた言葉を思い出した。

「お前はいつかこの街の将来を担う大きな男になるんじゃ」

何度かその言葉が僕の頭の中で繰り返し流れては、ふとあることを思った。今がその時なのかもしれないと。


最後まで読んでいただきありがとうございます!

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