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【短編】『コンピュータが見る悪夢』(前編「殺人」⑥)

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コンピュータが見る悪夢
(前編「殺人」⑥)


 ターミナルAの事務所に着くと、先ほど電話に出たガーネットという男らしき人物が集荷場のカウンターの前で行き交う配達員を引き留めては身だしなみを注意していた。車両を降りてやってくるサムに気づくや否や、すぐに顔色が変わった。

「FBI公共安全分析課のサム・スコットだ」

 サムは胸ポケットからバッジを出すと、男の目によく映るように突き出した。

「課長のガーネットです。さあさあ、中へどうぞ」

 ガーネットは視察に来る社長をもてなすかのように、サムを丁重に倉庫へと案内した。あたりには荷物を持ったロボットたちが徘徊していた。売上や効率性よりも人情やコミュニケーションを重んじると謳う会社にしては人間味が欠けていた。驚いている内心を読まれたのか、ガーネットは適当な言葉をサムに投げた。

「うちは配達に関しては人がやりますが、他の仕事は機械に任せているんですよ。ほら、愛嬌がある方がモテるって言うじゃないですか」

 サムはなにも答えずにガーネットの後ろをただ歩き続けた。

「刑事さん、彼のことなんですが、見逃してやってくれませんか? 実はアレを配達するよう支持したのは会社の方なんです。ほら、警察はアレの取り締まりを緩めているそうじゃないですか。市民の雇用の安定のためにも・・・。このご時世アレを売らないとやっていけないんですよ」

 ターミナルAは、人が荷物を配達するという旧式のブランディングでシェアを拡大していると思いきや、結局のところ頼みの綱はマフィアや麻薬組織と同じだった。

「献金が必要でしたら少しはお渡しできますから、どうか勘弁してもらえないですか」

 ガーネットは窮地を凌ぐ方法を熟知した様子で笑みを絶やさず、サムを言葉巧みに誘導した。

「薬物は関係ない」

「ん、関係ない?」

「アダム・トーマスは、二日前に人を殺している」

 その言葉を聞くなり瞬く間にガーネットの顔は青ざめた。予期せぬ知らせに彼の呼吸は乱れていた。

「まさか――」

「本当だ」

「しかし、彼は人を殺すような人間では――」

「証拠がある」

 そう一言付け加えると、ガーネットは目の色を変えてサムに聞き返した。

「もしかして、あの未来予知できるスーパーコンピュータとやらで?」

「まあそんなところだ」

 ガーネットは諦めた様子で深くため息をついた。

「で、彼はいつ帰ってくる?」

「最後の配達が終わった頃のはずなので、もうすぐかと」

「どこにくるんだ?」

「集荷場のカウンターに――」


 アダム・トーマスは十分も経たないうちに、カウンターに現れた。

「動くな!」

 サムは開いた扉を勢いよく閉め、アダム・トーマスの背後から実弾の入った銃を構えて叫んだ。アダム・トーマスは両腕をあげると、ゆっくりとこちらに振り返った。ホモシミュレーターで見たのと同じ若い青年の顔だった。銃を目の前にして、おどけて顔を歪ませていた。

「ぼ、ぼく、なにかしましたか?」

「いいから動くな!」

「は、はい」

 アダム・トーマスは右手の手首に妙な金属のブレスレットを身につけていた。グリーンの光が三秒毎に点滅し、その横には起動中というビット文字が同時に光った。

「このブレスレットはなんだ?」

「わかりません」

 プラズモグラフィアの通信を妨害する機器の可能性があった。

「どこで手に入れたんだ?」

「わかりません」

「しらばっくれるな!」

「本当にわかりません」

 アダム・トーマスは人を欺くのがうまかった。あたかも容疑者にされることに心当たりがないといった顔つきでサムへ被害者面を見せた。周囲にいる従業員に人違いではないかと思わせるほどに弱々しく返事をした。

「もういい。後ろで手を合わせろ」

 手際よく細い腕に手錠がかけられると、アダム・トーマスは困惑した表情を見せた。

「ぼくは、なにもしてません! ぼくがなにをしたっていうんですか?」

 サムは彼の言葉に聞く耳を持たずに淡々と答えた。

「これから警察に引き渡す。署でじっくり話をしてもらおうか」

「だから、ぼくはなにもしてませんよ!」

 アダム・トーマスは往生際が悪かった。きっと同じ職場の人間にはいい顔を見せておきたいのだろう。もう復帰することはないのに――。すぐさま警察車両が到着して犯人は署に連行された。要が済んだため、もう現場にいる必要はなかった。ガーネットに闇商売について一言忠告をしてFBIの本館へと戻った。

 これで仕事は一段落する。ようやく家に帰れる。自分がいかに仕事中心の生活をしていたかを振り返りながら、ふと今回の事件のことで違和感を覚えた。事件は解決したものの、どこか手応えを感じていなかった。難なく順調に捜査が進んでしまったこともあるが、犯人のアダム・トーマスが罪を認めなかったことが気に食わなかった。何かがしっくりこない。

 気がつくと、白い部屋に戻ってホモシュミレーターを起動させていた。ホログラムからはアダム・トーマスの心の声が流れ始めた。

22:13:31:22 「やってやる」

22:13:39:51 「あいつを、殺してやる」

22:13:39:51 「そうだ。この寄生虫から隠れないと」

 その言葉を最後に、タイムコードは一番左の00:00:00:00へと戻った。再びカーソルを右の方に合わせた。

22:12:32:11 「あの家のじいさんは酷い人だったなあ」

22:12:40:11 「人が嫌なら他の会社に頼めばいいのに――」

22:12:45:11 「こっちは最高の接客を提供してるんだぞ?」

22:12:53:43 「それにしても昼に行った家の女の人、美人だったなあ」

22:13:05:43 「またあそこに配達したいな」

22:13:10:43 「そうだ・・・」

22:13:27:45 「もう終わりだ」

22:13:31:22 「やってやる」

22:13:39:51 「あいつを、殺してやる」

22:13:39:51 「そうだ。この寄生虫から隠れないと」

 おかしい。二十七秒あたりから突然声のトーンが変わっている。まるで別の人間のインナーボイスが混じったかのようにも聞こえた。

 バグか?

 いや、そんなことはありえない。ホモシミュレーターにバグがあってはならない。しかし、殺意を抱くまでの動機がどうも掴めない。

 この十五秒の沈黙は一体なんなんだ?

 どう考えてもこの事件は、普通の殺人事件とは思えなかった。彼のインナーボイスからは、殺人を犯す理由が見当たらなかったのだ。すぐに端末を手に取り、耳に当てた。

「はい。もしもし」

 上官はすぐに電話に出た。

「サム・スコットだ」

「おお、サムか」

「テンダーロインの事件の件で、おかしなことを発見した」

「なんだ?」

「犯人のインナーボイスをもう一度確認したんだが、通信が途切れる前に確かに強い殺意を抱いている様子だった。だが、どうもその前のインナーボイスと一貫性がない。犯人はなんの脈絡もなく、突然狂ったかのように殺意を抱いているんだ」


最後まで読んでいただきありがとうございます!

▶︎続きの【前編「殺人」⑦】はこちら


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