【短編】『爆破予告』
爆破予告
爆破予告があった。期末試験を明日に控えた中でその知らせは端末を通じて学生全員に一斉に届いた。私はてっきり試験を受けたくない者によるタチの悪い脅迫かと思っていたが、そうではなかった。当日大学は閉鎖され、爆弾処理班も動員されたにも関わらず、爆破は起こった。初めにその事実を知ったのは、学生寮に住む学生たちだった。図書館から煙が立ち昇るのを寮の屋上から確認したのだ。すぐさま消防車のサイレンの音が響き渡ったが、今度は別の場所でもトラックが衝突したような大きな音がした。
その事実を私が知ったのは、爆発の起こった日の夜だった。その日は休校になったことをいいことに、公開したばかりのインディーズ映画を観に、五キロ離れたミニシアターへと足を運んでいた。ケーブルカーに乗り込んで、前と後ろを行き交う車の間を一定の速度で通過していく。停車場もちょうど両車線の間にあり、向こう側の道に行くにはもう半分の横断歩道を渡らなければならない。平日というのにやけに乗客の数が多かった。皆が自分と同じことを考えていたらどうしようと不安を募らせ、あえて出口の付近に立った。停車場に着き一目散に外に出ると、降りたのは私一人だった。自分の勘が外れたことに不貞腐れながら赤信号の横断歩道をうまく渡りきり、ミニシアターの方へと歩き進めた。映画は『特急地獄列車』というタイトルだった。見る前からB級映画の匂いがプンプンする。私は思わず垂れたよだれをすすった。
平日の昼から映画を見る者は少なかった。ちょうど中央の座席に暇を持て余して入ってきたふうの男女が一組。二列後ろの左側に中年の男性が二人座っていた。私は映画を見る時はいつも最後列に座るようにしていた。その方が人混みを避けられるからだ。しかし今日はなぜか後ろの方に座った途端、シアターの中でポツンと一人隔離されたかのような孤独感に襲われ、すぐさま席を立った。消灯している最中に、私は男性二人の左後ろの席に腰を下ろした。
映画は三時間と長丁場だった。始まる前にトイレに行っておけばよかったと後悔した。特急地獄列車は予定通りに運転を開始した。列車は大勢の客を乗せて夜の街街を走った。乗客は煌びやかなドレスやスーツを見に纏い、まるでパーティーにでも向かうのかという格好だ。車内でグラスを交わし、シャンパンを飲んでいる。富裕層のようだった。
「さあ皆さんお待ちかね。これから五分の間、特別に地獄を通過いたします。とくとご覧あれ」
男性の低い声で車内アナウンスが流れた。外は徐々に人気のない森林の眺めへと移り変わり、山を登り始めた。地獄ならば地下に潜るのではないかと思ったが、そこがこの映画の面白いところだ。列車は山を登り終えるとそのまま上空を飛び続け、雲の中に入った。車窓には黒い雨が叩きつけ、換気扇から入ってくる異様な匂いが乗客の鼻を刺激した。
「地獄はまだか!」
黒いスーツを着た背の低い老人が匂いに耐えかねて叫んだ。
車掌は何も反応しない。老人は座り直すと、ハンカチを鼻に当てて縮こまった。標高が高くなるにつれて雨は弱まった。ようやく雲の中から出たかと思うと、列車はさらに上昇し続けた。気がつくと真上には太陽の表面のように燃え盛る大地が現れた。上昇というより下降していると言った方が正しかった。地獄は空の上に逆さまになっていた。宇宙は存在しなかった。この世界では、宇宙を模した膜が地球を覆っているのだ。
「こちらが地獄でございます。皆さん座席にご用意してありますサングラスをおかけください」
「ママ見てー」
家族連れも列車に乗っていた。
「急停車にご注意ください!」
突然列車は停車した。男の声で再び車内アナウンスが流れた。
「大変失礼しました。今しがたどなたかが急停車ボタンを押されたようです。ご迷惑をおかけしますが、一度安全確認を行なった上で、運転を再開いたします」
列車は燃え盛る炎のそばで停車をした。あたり一体が岩だらけで、溶岩が固まって形成されていた。
もうここまで来れば何が起こるかは察しがつく。地獄から死人たちが列車に乗る富裕層を襲うのだろう。そしてどう地球に帰還するかが物語の見どころだ。しかしこの映画は一味違った。
列車の前に現れた死者たちは受刑者の格好をしていた。全員重度の犯罪を犯して死刑となった極悪人たちだった。しかし彼らは乗客たちを襲う気はない。皆自分の犯した罪を認め、ただ岩の影から列車の方を眺めているだけだ。
一瞬ミニシアターの地面が揺れたような気がした。前に座る二人の男は何も気づいていない様子だった。その挙句、お互いの肩を触り合って映画を眺めていた。前に座っていたはずのカップルの姿がなかった。揺れの後に女の喘ぐような声がかすかに前方から聞こえてきた。私は直感した。映画の上映中に性行為をする輩がいることは親から聞いたことがあった。人の入らない時間帯はよくあることらしい。私は映画に集中するため席を後ろに移動しようと思った。席を立とうとした時、一人の男が通路を通った。私は咄嗟に腰を戻してその男を凝視した。
男は前の席に座っている二人組の左の席に密かに座ると、何事もなかったかのように映画を見始めた。
どういうこと?
私は特急地獄列車よりも、先ほど姿を消したカップルのことよりも、目の前に座る男三人組が気になって仕方がなかった。突然現れた男は一瞬隣に座る男を一瞥すると、その腕を掴んだ。ゆっくりと自分の足の方へと腕を持っていき、停止させた。間に挟まれて座る男は右手を右側の男の肩に、左手を左側の男の太ももに当てている。違和感を覚えざるを得なかった。
私は大事なシーンを見逃したらしい。急停車した列車は地獄を出発しようとしている最中に、地獄の住民の一人に襲撃されていた。その死人は受刑者ではなかった。顔も体も痩せ細り、ホームレスのような薄汚い格好をしていた。死刑囚たちはそのホームレスを止めるわけでもなく、ただ茫然と列車を見つめていた。列車の車窓に血が飛び散る。ホームレスは女、子供容赦なく、まるでホモ・サピエンスのように手に持った石で乗客を襲う。
「おつかまりください」
車内アナウンスとともに列車は急発進した。列車の窓からは続々と死人たちが現れ、ガラスを割って中に侵入してくる。残る乗客は、中年の富豪の男と、学者の女と、ボディーガードの若い男の三人だけとなった。三人は列車の奥に追い詰められとうとう逃げ場がなくなった。ホームレスの死人がニタリと笑ってトドメを刺そうとした時、眩しい光が列車の中に差し込んだ。
死人たちは瞬く間に光に吸い取られていく。列車の中は三人だけが取り残された。車掌はもういない。
「我々は遠い星からやってきた者です」
光の先から何者かの声が聞こえた。
「遠い星? 何を言っているんだ?」
中年のお男が言い返した。
「言葉通り遠い星です。この惑星に辿り着くまで二十五光年もかかりました」
「何言ってるんだ。この世に宇宙など存在しない」
「いいえ、あなた方が見ているものこそ存在しないのです。これらはあなたの星の誰かが作りあげた嘘(ホログラム)です。実際に、先ほど我々の技術でそのホログラムを吸収しました」
三人の乗客は唖然とした顔で光の先を眺めていた。学者の女が答えた。
「宇宙は空想の産物とばかり思っていました」
「いいえ、宇宙は存在します」
「じゃあ。私の研究は間違っていなかったんですね――」
映画は、宇宙人が地獄の世界が嘘であったことを証明し、地球の陰謀を解き明かして終わった。B級映画の割には、テーマ性があるように感じた。しかし映画のことよりも、映画を見ていた人間の方が興味深かった。自分が目にしていたものは本当に存在したのかすら疑わしいほど異様な光景だった。あれではまるでセックスクラブだ。映画のSF要素と、現実の卑猥な要素が混ざり合った不思議な映画体験だった。
寮に戻ると、大学が警備隊や消防士でごった返していた。
そうだ。
昨日、大学側から爆破予告があったことを知らされていたことを思い出した。これも現実に起こっていることだろうか。爆破は誰かが試験をサボるための嘘の脅迫じゃなかったのか。テロが実際に自分の通う大学で行われたことが信じられなかった。図書館と、大教室、食堂が爆破されたらしかった。
私は寮に戻ると、ルームメイトがソファにくつろぐ横を通り過ぎて、自分の部屋に入った。全開のカーテンを閉め、無心で机に向かった。私は、実施されるかどうかかわからない試験の勉強を始めた。
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