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【短編】『親父の遺産』(後編)

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親父の遺産(後編)


 親父がコールドスリープに入ってからようやく100年が経過した。オレが目覚めてから40年になる。目覚めたばかりの時は、記憶の整理と現代社会への適応のために一ヶ月ほどかかることは知っていたため、あえて時間を置いて親父を尋ねることにした。しかし、いざ自分が親父の息子であることを証明しようと試みても、依然として誰にも信じてもらうことはできなかった。何度も何度も訪問を重ねるうちに、そのことが親父の耳に触れ、訪問を許可された。邸宅の玄関まで来ると、突然目の前の空間に大きなモニター画面が浮かび上がり100年前の顔のままの親父が姿を現した。

「まさか、おまなのか?」

「ああ」

「どうも信じがたい。子供たちはとうに死んでいるはずだ」

「オレも親父の真似をして長い眠りに入ったんだ。親父の執事のことだってなんでも話せる。眠っている間に死んでしまったけどな」

親父はしばらく目を細めてオレの顔をまじまじと観察していると、ようやく腑に落ちたかのように目を大きく見開いた。

「なんてことだ!こんなにも老け込んでしまって。でもどうして」

「まあ、目覚めて間もないんだ。そんなに急ぐことはない。ゆっくり中でわけを話そう」

 邸宅の扉は100年前よりも分厚くなっていた。家の中は昔の倍になったように感じた。自分が衰えてからだろうかと思ったが、見たこともない部屋ばかりだったため新たに改築されたようだった。しばらく邸宅の中を見学していると、真っ先に兄と姉の年老いた顔の写った遺影が目に入った。すると、後ろから声がしたかと思うと親父が作業着姿で現れた。

「久しぶりだな」

「久しぶりだ」

「また農業なんかやってるのか。こりねえな」

「農業しかもうやることが残ってないんだ。それよりおまえの話を聞かせてくれ」

とバーを真似た趣のある部屋に連れて行かれた。

「一体何年眠っていたんだ?」

「60年眠っていたよ」

「金はどうしたんだ?」

「全財産使ったよ」

「どうしてそこまでして」

オレは親父に自分の過去をどう説明したら良いか考えた挙句、昔親父に対して抱いていた感情から話すことが先決だと思った。

「親父、これを聞いてもオレを憎まないでくれ」

「ああ、わかった」

「100年前の話になるが、実はオレは親父が死ぬのをずっと待っていたんだ。親父が死ねばオレに遺産が降りてくると思って、あと20年ぐらいの辛抱だろうと想定していたんだよ。たぶん兄と姉も同じことを考えてたと思う。けど親父はオレたちを置いてコールドスリープに入ってしまった。オレはその時思ったよ。ああ、あいつは死を恐れているんだって。だからどんな手を使ってでも自分の寿命を少しでも伸ばして資産を長く独り占めしようと企んでいるんだと。そこでオレも親父と同じように長い期間眠りに入ることにしたんだ。そうすれば親父の死ぬ時に遺産が全てオレの手元に来るだろ?」

親父は落胆したようにカウンターの丸椅子を眺めた。

「そうだったのか」

「ああ」

「ごめんよ。わしが莫大な金を持っていたばかりに」

「いいんだ、オレが未熟だったんだ」

親父は返す言葉もないようだった。

「でもオレも人間だ。歳をとれば死を迎えることは親父と同じだ。オレは60になってふとあることに気が付いたんだ。自分はこれまでの人生で何も成し遂げてられていないって。それからのこと自分がこの世に何を残すことができるかを考えるようになった。遺産のことなんてもうどうだってよかった。オレには子供ができたし、子供がすくすく育っていくにつれて親父の考えることもなんとなくわかってきたつもりでいた。けどどうしてもわからないんだ。なぜこうまでして、自分の資産を持ち続けたいと思うんだ?」

「資産?わしの資産はもうこれっぽっちも残ってないぞ。眠りに入る前に、わずかだがお前たちのためのお金を残してそれ以外は全て国連食糧農業機関に寄付してしまった」

オレは親父のその返答に言葉を失った。

「なんだって?じゃあなんで眠りに?」

「ああ、お前たちにも話すべきだとは思っていたんだが、絶対に理解されぬと思いあえて何も言葉を残さなかったんだ。だが、今のおまえの話を聞いて安心して話せそうだ。わしは70歳を迎えて初めて人生における大きな課題に対峙した。おまえもわかっているだろうが、それは死だ。わしは死を目前にして怖気付いてしまった。これまで自分の資産を使って世界中のあらゆる企業に投資をしては経済の活性化に寄与してきたが、ふと我に返った時自分は一度でもこの人生で何かを成し遂げたかと思ったんだ。まさにおまえが考えていたことと同じだよ。つまり自らの手では何も生み出していないことに気付いてしまったんだ。しかし、そんなわしに希望を与えてくれたのがこの大地だった。もしこの大陸全体の土地を耕して畑にできれば、人間の未来は明るいとふと思ったんだ。子供じみた考えなのはわかっている。だがもし仮にそれを死ぬ前に実現できたとしたらなんて幸せなことだろうかと思ったんだ。最初はただ闇雲に自ら農作業をすることで精一杯だったが、仲間が増え徐々に規模が拡大していくうちに夢は次第に目標へと変わっていた。そこでわしはこの世界に賭けてみることにしたんだ。100年後自分が目覚める時に世界の大陸の半分が農地に変わっていることを。そして、わしの予想は的中した。まさに今その目標達成まであと一歩のところまできている。わしは目覚めてすぐその報告を受け、人生でこんなにも幸せなことはないと胸が熱くなった。だがまだ目標は達成されていない。わしはそれが終わるまで死ねないんだ」

 親父は長々と自分の過去を語り終えるとオレの方を自信に満ちた顔で見つめた。

「そうか。そうだったのか。あれは親父の畑だったのか」

親父は氷水を一気に飲み干すとオレの目を見て言った。

「息子よ、わしと残りの土地を耕さないか?」

オレは軽く鼻で笑って呟いた。

「ああ、悪くない」


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