【短編】『忘れられた思い出』
※『夏の思い出』の続編です。
忘れられた思い出
僕はテーブルに置かれた空の缶ビールをどけて、A4のレポート用紙と筆ペンを置いた。しばらく宙を眺めてから突然体を丸めて筆を走らせた。
「隣の部屋に住む杉本と申します。先日はハンカチを落とした際に拾ってくださりどうもありがとうございました。心ばかりですが、こちら地元和歌山の和菓子になります。どうぞ召し上がってください」
一度それを書いてから再び頭を宙に向けた。ハンカチを拾ってくれたことに感謝したいが、あの女性もののハンカチを落としてしまったことに対して変なことを思っているのではないかと妄想が働き、紙を丸めて床に捨てた。
僕は再びペンを入れた。
「隣の部屋に住む杉本と申します。先日はハンカチを落とした際に拾ってくださりどうもありがとうございました。あのハンカチは母親から預かっているものだったので、お陰で叱られずに済みました。決して僕のものではございませんよ。心ばかりですが、こちら地元和歌山の和菓子になります。どうぞ召し上がってください」
僕はペンを床に投げ捨てて缶ビールに口付けた。用意した封筒に紙を三つ折りにして入れ、表に「二〇二号室様へ」と付け足した。
あぐらの状態のままさっと後ろを振り向いて時計を確認すると、時刻は深夜一時を過ぎていた。下着一枚だったため、すぐにジャージを上下着用して玄関へと向かった。サンダルを履き、一度ドアスコープ越しから外を眺めたが人気はなさそうだった。ドアをゆっくりと開けると外からの蒸し暑い空気が一気に部屋の中へと押し寄せた。音を立てずにドアを閉め、階段を降ってポストの前まで来ると、自分の部屋の方を見渡してからその隣にある部屋番号を確認した。そっと封筒と和菓子をポストに投函して部屋の中へと戻った。
一週間が立ってもお隣さんからの返事はなかった。僕は再び空の缶ビールをテーブルからどかしてペンを片手に考え込んだ。空の缶ビールを眺めていると何も思い浮かばないような気がした。しかし妙な考えを思いついた。僕はすかさずペンを走らせた。
「お隣の杉本です。先日お渡しした和菓子、お味はいかがだったでしょうか。もしお気に召さなかったようでしたら申し訳ございません。さて、最近ネットにて購入した缶ビールがずいぶん多く届いてしまいまして、もしよかったら箱ごとお渡ししますので、いつでもおっしゃってください。つまみも多少ございますのでそれもよければ」
時計を見ると時刻はすでに二時を回っていた。僕は再びジャージに着替えて封筒をポストへと投函した。
一ヶ月が過ぎてもお隣さんからの返事は来なかった。ちょうど母親からの差し入れで焼酎が届いた。僕はビールも飲み尽くしてしまったがために、迷うことなく新品の瓶に手を伸ばした。思いの外硬くて開かなかった。キッチンの引き出しから栓抜きを取り出して瓶を開けようとした時、ふとある考えが頭をかすめた。僕は消えた筆ペンを必死に探した。テーブルの上にも引き出しの中にも見当たらなかった。困り果ててベッドに倒れ込むと、足先で何かが邪魔をするので床に蹴り飛ばすと、コンと音を立ててそれは落ちた。筆ペンだった。僕は起き上がって筆ペンを手に取り、紙に書き綴った。
「どうやらビールはお好きではないようですね。焼酎はお飲みになりますでしょうか。地元和歌山の地酒を買い揃えました。もしお飲みになりたかったら一言お返事ください」
夜中の三時に玄関ドアをこっそり開けて、再び封筒をポストに投函した。
二ヶ月が経った頃、ポストに一通の手紙が添えてあった。お隣さんからの手紙かと思い部屋に戻って中身を読んだ。
「なつき久しぶり!中学の時の同じ塾だったみさきです。元気にしてる?久々にご飯でもどう?ご返事お待ちしてます」
友達からの手紙のようだった。おおよそ部屋番号を間違えて書いてしまったのだろうと思い、それをポストに投函するついでに、僕も久しぶりに手紙を書こうと思った。
「いつかのハンカチを拾っていただいた杉本と申します。最近はいかがお過ごしでしょうか。お返事がないので心配しておりました。お友達から手紙が届いていたようなので、ポストに入れておきました。また機会あれば一度直接ご挨拶させてください。できれば平日の18時以降ですとありがたいです」
僕は自分の封筒の中に友達の手紙を入れてポストに投函した。
三ヶ月が経っても返事は来なかった。僕はお隣さんが何か良くない状況にあるのではないかと心配になり、一層のことインターフォンを押して確認しようかと悩んだ。しかし、そんなことしてしまっては、彼女に嫌われてしまうのではないか。まだ手紙の方が失礼がないと思い、彼女に会ってみたいという気持ちを必死に押し殺した。僕は悩みに悩んで、夕方にインターフォンを押しに行こうと決心しドアを開けた。すると、隣のドアが同時に開いた。僕はここぞとばかりに偶然を装って顔色を伺おうと、ゆっくりとドアを閉め時間を稼いだ。隣のドアから一瞬女性の姿が映った。しかしそれは見知らぬ女性だった。友達のみさきちゃんだろうかと思い、お隣さんのなつきちゃんを待った。向こうのドアが閉まると、僕は再び視線を向けた。すると、そこには以前お隣さんと一緒にいた男の姿があったのだ。僕は、すかさず何か忘れ物をしたといった様子を装って自分の部屋の中へと戻った。ドアスコープ越しに二人の通り過ぎる姿を凝視していると、一瞬、男は僕の部屋のドアに顔を近づけてニコッと笑った。
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