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【短編小説】週3日投稿

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SF・ミステリー・コメディ・ホラー・恋愛・ファンタジー様々なジャンルの短編小説を週に3日(火〜木)執筆投稿しています。 全て5分以内で読めるので、気になるものあればご気軽に読んで…
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2024年8月の記事一覧

【短編】『僕が入る墓』(遡及編 十)

【短編】『僕が入る墓』(遡及編 十)

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僕が入る墓(遡及編 十)

 清乃は太助とともに久保田家の屋敷まで来るも、自分が予想だにしなかった現実を受け止めきれずにいた。長い廊下を通り過ぎる間、自分には今まで縁のなかった綺麗な衣服を身につけた女性たちからの冷たい視線が清乃の神経をじわりじわりと蝕んでいった。まるで大勢の面前で裸にされているような心地だった。奥の部屋に通され、しばらくの間用意された椅子にじっと座っていると、太助

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【短編】『僕が入る墓』(遡及編 九)

【短編】『僕が入る墓』(遡及編 九)

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僕が入る墓(遡及編 九)

「娘を?」

 太助は、久保田はんが投げかけた言葉を自分の生ぬるい唾液と共にゆっくりと食道から胃へと流し込むと、そのあまりの腐りように腹痛を起こしそうになった。

「清乃を――、清乃を嫁にもらうっちゅうことですかい?」

「そういうことや」

 たしかに清乃はとうに嫁入りしてもおかしくはない歳ではあった。清乃からは何の色恋も見受けられないために、まだ結婚

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【短編】『僕が入る墓』(遡及編 八)

【短編】『僕が入る墓』(遡及編 八)

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僕が入る墓(遡及編 八)

「この前、京太郎に畠さ買いてえと話したらしいやないか」

「ああ、けど到底おらにゃ払えねえ量やったです」

 太助は恥ずかしそうに久保田はんから目を逸らし軽く口角を上げた。

「あの畠あんたに返そう」

「え? とんでもねえだに――。おら払えねえですよ?」

「わかっとる。あんたからは米も金もいらねえ」

 久保田はんは太助の顔をまじまじと見続けた。

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【短編】『僕が入る墓』(遡及編 七)

【短編】『僕が入る墓』(遡及編 七)

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僕が入る墓(遡及編 七)

 太助の中ではすでに何かを失う覚悟はできていた。それは自分の畠かあるいは、他の者の畠か、はたまた久保田はんとの信頼関係かはわからなかった。しかし婆さんから言われた「家族をのことを考えろ」という言葉に対する太助なりの確固たる答えだった。太助にとって親や子だけでなく、友人や村の住人も家族も同然だった。

 自分の家族の暮らしを良くしたいという思いのもと、村中

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【短編】『僕が入る墓』(遡及編 六)

【短編】『僕が入る墓』(遡及編 六)

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僕が入る墓(遡及編 六)

 太助は又三郎の必死な表情に潜む見えない圧力に動じることなく、困惑した顔を隠して言った。

「いっぺん、考えさせてくれんか?」

又三郎はじっと太助の顔を見つめると、視線を他に移した。

「わかった。早めに返事をくれや」

「ああ――」

 清乃はちょうど井戸から水を汲み終わって家へと戻ろうとすると、昼間なのに珍しく父の声が中から聞こえた。母は父を問いた

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【短編】『僕が入る墓』(遡及編 五)

【短編】『僕が入る墓』(遡及編 五)

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僕が入る墓(遡及編 五)

「ああ、やけどどうすりゃあいい。米がねえんじゃ生きてくこともできねえ」

「諦めんとき――」

 太助は地主に顔が効くためなんとか小作料をまけてもらっていたが、又三郎はそうはいかないのだ。太助はどうすれば良いかわからなかった。いくら又三郎を宥めたところで、彼の貧しい生活は変わらないのだ。

「なあ、地主の久保田はんにおねげえしてみるってのはどうや? もう

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【短編】『僕が入る墓』(遡及編 四)

【短編】『僕が入る墓』(遡及編 四)

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僕が入る墓(遡及編 四)

 太助は収穫した米を俵に詰めて縄で縛っていた。小作料の支払いの期日はとうに過ぎていた。気温の急激な変化で収穫時期が遅れたのだ。この頃ほとんど雨が降らず稲が思いの外育たなかった。しかし又三郎という新たな助っ人のおかげで、米の収穫を無事終えることはできた。

 又三郎もまた自分の畠で獲れた米を俵に詰めていた。又三郎には養う家族がいないため、米の貯蓄は少なくて

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【短編】『僕が入る墓』(遡及編 三)

【短編】『僕が入る墓』(遡及編 三)

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僕が入る墓(遡及編 三)

 度々家に顔を出す又三郎は他の小作人たちとは風格が異なり、側から見るとまるでお上の人をもてなしているようだった。しかし又三郎の異常な人への依存体質は交わるはずのない二つの空気を無理やり一体化させ、たちまち上下左右のないまっさらな関係値へと変わっていった。太助には、その不自然さを認知するほどの聡明さはなかった。太助が重きを置くことは、自分の日々の労働の成果

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