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動機は欲望で人間のこころのありようだからこそ本当のことはたくさんある
ミステリー小説の醍醐味のひとつに読み手として推理していく楽しみもあります。この人が犯人でしょ、動機は、と主人公と一緒というか先回りしたり、後追いしたり。
短編集なので考えるのにちょうどいい長さだし、主人公や登場人物ががちゃがちゃしていなく、わたしの推理のじゃましない(すみません)シンプルでストレート。「本格ミステリ×警察」とあるけど「上質ミステリ×クールロジック警部」という感じで楽しめました。
可燃物 米澤穂信
群馬県警刑事部捜査第一課 I葛《かつら》警部は、余計なことは喋らない。上司から疎まれる。部下にもよい上司とは思われていない。しかし、捜査能力は卓越している。
短時間で事件解決するためには、部下や上司までこき使う。頭がいいけどちょっと怖い。だけど菓子パンとカフェオレという食事がちょっとかわいい。
彼のキレキレ推理に惹き込まれていきました。
「崖の下」は雪山での遭難。「ねむけ」は交通事故。「命の恩」はバラバラ遺体。「可燃物」は連続放火事件。「本物か」は立てこもり事件。
この5つのタイトルも推理要素になり真相がわかると、ふふふとなったり反対にやりきれなくなったり。
奇想天外なトリックでなく、誰もが持っている心のありようで。恨みであったり、人の習性ともいえる小さな嘘であったり、やさしさや、後悔や善意も。
だけどクールで仕事のできる葛は、動機を重視しない捜査方針なのがおもしろい。
動機とは、ひっくるめて言ってしまえば「欲望」に尽きる。ふつう人間の欲望はありきたりで、そのほとんどが金銭欲と性欲と憂さ晴らしに集約される。だが、その三つでは説明のつかない欲望というのも確かに存在していて、それらは人智を尽くしても予測することができない。予測できないものを頼りに捜査をそれば迷路に迷い込む。だから葛はふだん、動機を重んじない。
その葛が動機を考えるのが、表題作の「可燃物」です。葛の詳細な人物描写がないのに、こんなところから葛がわかって。頭が良すぎるのでしゃべらない無口な杉下右京さんのよう。
くなんくなんさんが、本当のことで書いてあったのだけど。
でも、真実と本当のこととは違うと思うのだ。
言われた相手が怒ろうが傷つこうが『言わなければならない真実』はもちろん厳然として存在する。
それは絶対に間違いないことだが、『言ってもいい、むしろ言ったほうがいい本当のこと』があるなら『言う必要のない、どっちかというと言わないほうがいい本当のこと』『どっちでもいいけど、言っても誰のためにもならない本当のこと』も、ときにはあるのだろう、と思う
不思議とこの小説に通じるものもあって。あ、そういえば、くなんくなんさん、米澤穂信さん好きだった。感想文いくつかありました。
くなんくなんさんの思考と米澤穂信さんの小説が似ているのがおもしろい。
ミステリー小説のなかの、本当のことはアンサーではあるけどそれは、くなんくなんさんのいうように色々な状況の本当のことがあります。
いろいろなほんとうのこと。
真実がかならず人を救うものではない。
だけど事件は解決しなければならない。
いくつもの本当のことから、ひとつだけのそれを容赦なく曝け出してしまう葛にびびりながらも惹かれてしまいました。