「たったひとりに向けて書く」とは?
noteの記事も今日で250作目を迎えました。
区切りもいいので、書くことについて、「たったひとりに向けて書いた」ことから得た経験をお話したいと思います。
noteをはじめてから、「書くこと」に関する書籍やnoteの記事などをいくつも読んできました。
その中で、何人もの人が「たったひとりに向けて書く」ということを言っていました。
はじめのうちは、この「たったひとりに向けて書く」というフレーズを頭で理解して、そういう気持ちで書きましょうって、ことだよね。
うんうん、わかる、わかるって、わかった気になってました。
そのうちに、「この気持ちは書いておきたい。残しておきたい」と、自分のために書くことが増えました。
その後、ある記事を読んだあと、どうしても思いが伝えたくなり、私は「たったひとり」を思い浮かべて書きました。
名前も記事の内容も書かず、記事を読んで感じた自分の思いだけを書きました。
その記事を更新したあと、私の中の「たったひとり」の人から、フォローが来たのです。
相手に気持ちが伝わったのかどうかは分かりません。
偶然、フォローしてくれたのかもしれません。
ただ、私の中では、きっと伝わったと思っています。
「たったひとり」は、家族のひとりにむけて書いたこともあります。
家族の中でnoteをしているのは私だけ。家族にあてた内容はだれも知りません。
本当は、直接伝えるべきなのかもしれませんが、どうしても言葉では伝えることができず、思いが、いつか、何かの形で伝わればいいと思って記事にしました。
noteでその記事を読んだ方noterの方達から、「救われた」「ありがとう」という私が想像しない言葉をいただきました。
「たったひとり」に伝わればいいと思って書いたことが、違う誰かに伝わった。
ひとりに向けた思いが、違う誰かに伝わったと思ったら、無駄ではなかった、必要とされているんだと思い、私自身が力をもらうことができた。
記事を書く行動自体がまわり回って、誰かに伝わり、私にも自信を与えてくれました。
思いはきっと伝わる。