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<本と映画の答え合わせ>第36回「異邦人」
【本】
〇タイトル:異邦人
〇作者:アルベール・カミュ
〇感想:
・コロナ禍で自宅にいる時間が増えたのをきっかけに、仕事に関わる専門書以外の書物に手を伸ばすようになった。その最初の一冊がアルベール・カミュの「異邦人」だった。わずか百数十ページの短編にもかかわらず、ムルソーという主人公の生き方、考え方、そして社会との断絶を描いた内容は強烈で、一気に読了してしまった。読後感は「頭をガツンと殴られた」という表現がぴったりであり、海外文学にのめり込むきっかけとなった作品である
・物語の進行は意外性に満ちており、シンプルな文章でありながらも深い洞察を含んでいる。ムルソーの行動原理や哲学は、常識や倫理といった「当たり前」を重んじる私たちの日常とかけ離れており、彼はまさに社会における「異邦人」である。
・一方で、周囲の目を気にせず、自分自身に忠実に生きる彼の姿に憧れを抱く部分もあった。だがその生き方には責任が伴い、物語の結末が示す通り、代償もまた大きい
・私たちは往々にして社会通念に従い、周囲への配慮を忘れずに生活している。その日常があまりに「当たり前」であるからこそ、ムルソーのように他者からの評価を一切気にせず、静かに死を受け入れる姿は強烈なインパクトを残す。彼の生き方は、一見すると非道徳的で理解しがたいものだが、同時に「自分らしくあるとはどういうことか」を私たちに問いかけているようにも感じる
〇評価:◎
【映画】
〇異邦人 デジタル復元版(2021年)
〇監督、主演:ルキノ・ヴィスコンティ監督、マルチェロ・マストロヤンニ
〇感想:
・本(原作)の舞台であるアルジェリアの街並みや地中海沿岸特有の気候、文化が映像として鮮やかに描かれている。日本では目にする機会の少ないアラブ系の人々の暮らしや、フランス語が織り成す異国情緒が、観る者を一層「異邦人」の世界に引き込む。特にムルソーが1人で砂浜を歩くシーンや、光と影が織りなす地中海の風景が印象深い
・内容は本(原作)に忠実であるが、裁判のシーンが思いのほか長く取られている。ここでは、ムルソーが「異邦人」として排除されるべき存在とみなされる過程が克明に描かれる。検察官の演説を通じて、異質なものを排除しようとする大衆心理が浮き彫りになり、本(原作)では感じ取れなかった集団の圧力が映像を通じて迫ってくる
・死生観についてあらためて考えさせられる。特にムルソーが若くして死を受け入れる姿勢は、潔いが理解しがたい。彼のように若くして進んで死を受け入れるようなことはしなくてよいのではないか
〇評価:〇
【総合】
〇感想:
・解説によると、「異邦人」とは単に社会的に孤立した人物を指すのではなく、宗教的文脈では「異教徒」を意味する場合もあるという。この場合、キリスト教の価値観から逸脱したムルソーの生き方がまさに「異邦人」なのだろう
・カミュの作品を読むと、ヨーロッパ文学における宗教的・哲学的テーマがどれほど重要な位置を占めているかを思い知らされる。特に「異邦人」や続けて読んだ「ペスト」では、キリスト教的価値観やそれに対する反逆、そして人間の存在意義が物語の中核を成している。「ペスト」はパンデミックの真っ只中で読んだため、現実と重ねて共感する部分が多かったが、心に残る衝撃という点では「異邦人」が圧倒的である
・日本では「異邦人」と聞くと、まず思い浮かぶのは曲名かもしれない。だが、カミュの「異邦人」もまた、人生観を揺さぶる力を持つ一冊である。映画とあわせて作品の世界に浸るのも良いが、本(原作)だけでも十分に心を掴む力がある。人生の一瞬を切り取ったこの物語が、これからも多くの人に読まれることを願う