見出し画像

瞑想と氣功で炎症誘発物質NF-κBを抑えよう

これまでの記事では、炎症を誘発する物質が“NF-κB (エヌエフ-カッパビー:Nuclear Factor-kappa B)”という転写因子(DNAからタンパク合成を促す物質)であり、これが瞑想によって抑えられるエビデンスを紹介しました (*1, *2)。NF-kBはもともと免疫細胞の炎症反応や細胞増殖、血管新生など様々な遺伝子を調節している物質ですが バランスを乱すと炎症を引き起こす原因物質になってしまう場合があります (*3)。これらが暴走しないように抑えるエビデンスを今回も紹介していきます。


・瞑想群と対照群におけるNF-kBの比較研究

今回紹介する研究は「Mindfulness meditation for younger breast cancer survivors: a randomized controlled trial (若年乳がん生存者に対するマインドフルネス瞑想:ランダム化比較試験, *4)」という2015年の論文です。

研究デザインとしては、一定のストレスを持つ“若年乳がん経験者(50歳までに乳がん治療を経験した女性)”を対象とし、対象者を瞑想群と対照(コントロール)群にランダムに振り分けて比較を行うものです。今回は39人の女性が瞑想群に、32人の女性が対照群に割り当てられ、ランダムに割り当てられた比較研究 (Randomized Controlled Trial: RCT) という質の高い研究デザインで行われています。

この研究では瞑想グループは“6週間の瞑想プログラム”が与えられました。プログラムにはUCLAのマインドフルネス瞑想を主体としたプログラムが使用され (Mindful Awareness Practices: MAPs, *5)、具体的には瞑想やリラクゼーションの実践方法の指導、瞑想と穏やかな運動(ウォーキング等)、がん生存者に対する心理教育要素を含む毎週2時間のグループセッションを6週にわたって受けました。そして自宅でも自主的な瞑想やマインドフルネステクニックを行うよう指導されました。

対して対照(コントロール)群は“6週間特別なことはせず通常通りに過ごす”ということが指示されました。もちろん、ランダムに割り当てられ、自分の希望とは関係ないので不公平にならないように“瞑想を受けたい人は研究調査が終わった後で瞑想プログラムを受けられる”という機会は平等に与えられました。


・評価項目

瞑想群の効果を測る指標として、知覚されるストレス (Perceived stress), 抑うつ (Depressive symptoms), 倦怠感 (Fatigue), 睡眠の質 (Sleep quality), 痛み (Pain), ホットフラッシュ/発汗 (Hot flashes/night sweats), 再発に対する不安 (Fear of recurrence), 強迫観念(Intrusive thoughts), ポジティブな感情 (Positive affects), 平和と意義 (Meaning and peace)といった精神身体症状が介入の前後でスコア化されました (*6, *7)。

また、採取された血液より炎症性転写因子Nucleus-Factor-kappa-B (NF-kB) の活性のプロモーターベースのバイオインフォマティクス測定(NF-kBによって活性化される関連遺伝子の解析)が行われました。これとは別に従来より知られている炎症の循環マーカーも評価されました。


・結果:ストレス/精神症状

Figure 1Aは抑うつ症状 (Depressive symptoms) を瞑想群 (Meditation: MAPS) とコントロール群で比較したもので、介入開始時点(Baseline)、介入直後、3ヶ月後という順で平均スコアが示されています。これを見ると瞑想群が介入直後 (6週終了時) で抑うつスコアが改善していることが分かります。統計学的にはp=0.095 (一般的にp<0.05が有意な変化、小さいほど有意性が高い)なので“有意とは言えないが改善傾向”と言えそうです。

Figure 1Bは知覚されるストレス (Perceived stress) のスコアのグラフです。こちらも終了時点の瞑想群のスコアが改善していることが分かります。こちらの場合はp=0.004と強い有意差が出ており、“6週間の瞑想群は明らかにストレススコアが改善した”と言うことができそうです。


さらに主に精神症状を解析したデータがFigure 2に示されています。見方は、最上段が大きく3つ(介入前: Baseline/介入直後: Postintervention/3ヶ月後 3-Month FU)に分けられ、これらが2つのグループ(瞑想 MAPS 群/コントロール群)に分けられています。そして、赤の下線を引いた部分が統計学的に有意差が出た項目です。

まず介入直後から見ると、知覚されるストレス (a)、倦怠感 (c)、睡眠の質 (d)、ホットフラッシュ/発汗 (f)、ポジティブ感情(i)、平和と意義に対する意識 (j) が瞑想群で有意に改善していることがわかります。そして3ヶ月後の評価では、再発に対する不安 (g)、強迫観念 (h)が有意に改善していることが示されました。ここまではこれまでの瞑想による精神症状改善効果と同様の効果です。


・遺伝子発現プロファイルの変化:瞑想

被験者から採取した血液の遺伝子発現 (Gene expression)を解析した結果がFigure 3に示されています。まず左側のFigure 3Aを見てみると19の炎症誘発性遺伝子群 (Pro-inflammatory genes)を解析したもので、NF-kBだけではなくさまざまな転写因子によって誘導される炎症促進性の遺伝子群の発現を解析したものです。こちらを見ると瞑想群で炎症誘発遺伝子が明らかに低下していることがわかります (p=0.009)。この結果は“瞑想が炎症を抑える効果が遺伝子レベルで起こっている”ことを示すものです。

そして右のFigure 3BはNF-kBとそれ以外の転写因子(各々特定の遺伝子群を転写/コピーする因子)の活性を解析したものです。これを見ると図に示されるように瞑想群はコントロール群に対して有意にNF-kB活性が低下している (p=0.009) ことがわかります。そしてIRFはインターフェロン調節因子 (interferon-related transcription factors) で一部の機能として炎症を抑える働きをしていることが知られています (*8)。このIRFは有意な増加が示されています。

そして隣の転写因子CREB (cyclic adenosine monophosphate response element-binding protein) も多彩な機能を有していますが炎症に関しては誘発する作用があるようです (*9)。CREBの発現は低下傾向が見られますが有意ではないようです (p=0.143)。そして右端のGR (グルココルチコイド受容体: glucocorticoid receptor) はステロイドホルモンと結合して強い抗炎症作用を示す受容体であり転写因子です (*10)。こちらは瞑想群において有意に活性が上がっていることが示されています (p=0.018)


・免疫細胞の変化

次の解析がこれらの遺伝子の発現減少/または発現増加がどの細胞に由来するか、ということを調べた結果がFigure 4に示されています。主に免疫細胞/白血球/リンパ球からこれら遺伝子が計測されますが、その中で単球 (Monocytes. 炎症の場に集まり他の細胞に分化したり呼び寄せたりする)や樹状細胞 (Dendritic cells. 抗原提示して他のリンパ球などに指令を伝えて攻撃させる) の発現遺伝子が明らかに減少していることが示されています。

しかし、反対にBリンパ球 (B cells. 異物に対して抗体を産生して液性免疫力を上げる) の遺伝子発現は明らかに増加しています (p=0.0001)。このことから、瞑想はただ全ての細胞の働きを抑えるだけではなく炎症を引き起こす細胞を鎮め、別の働きをもつ一部の免疫細胞は反対に活性化させるため、“炎症を抑えつつ免疫力は上げる”ということが可能になるようです。この部分が“何でも活性を抑えて免疫力まで低下させてしまうステロイド薬”とは大きな違いをもたらすかもしれません。



・太極拳と抗炎症効果

次に紹介するのは氣功/太極拳 (この英語論文では“Tai Chi Chih”) とNF-kBの関係を研究した報告で“Cellular Inflammation, and Transcriptome Dynamics in Breast Cancer Survivors with Insomnia: A Randomized Controlled Trial. (不眠症を伴う乳がん生存者における細胞炎症および転写発現解析:ランダム化比較試験. *11)”というタイトルの2014年に公表された論文です。

こちらの研究デザインを簡潔に説明すると、90名の不眠症を伴う乳がん患者を太極拳 (Tai Chi Chih) 群と従来の認知行動療法(CBT-I: cognitive behavioral therapy for insomnia)にランダムに振り分けて比較したRCTです。平均年齢は約60歳 (42-83歳) いずれも女性で45名ずつ両群に割り当てられ、両群間に特別な違いはありませんでした。

太極拳 (TCC) 群は動作など慣れが必要なため介入期間3ヶ月間と比較的長めに設定され、合わせるために対照 (CBT-I) 群も3ヶ月間指導が行われました。評価としては血液を採取して免疫細胞やIL-6 (インターロイキン6)、TNFα (腫瘍壊死因子α)、CRP (C反応性タンパク) といった炎症関連物質の測定が行われました。


・結果:IL-6とTNFαの変化

3ヶ月の介入期間を終えて、被験者らの免疫細胞 (単球) から測定されたIL-6とTNFαのグラフはFigure 6のようになりました。このグラフを参照すると、炎症関連物質であるIL-6もTNFαもCBT (認知行動療法)群ではほぼ変化が無いのに対して、TCC (太極拳) 群ではいずれも有意に減少していることが示されています。もう一つの炎症関連物質であるCRP はTCC群もCBT群も有意な変化はみられませんでした。

・遺伝子発現プロファイルの変化:太極拳

Figure 7A左側が炎症誘発遺伝子 (pro-inflammatory gene) の発現です。この研究ではCBT(コントロール)群が上昇していますが、反対にTCC (太極拳) 群ではこれらが明らかに低下しており (p=0.0012)抗炎症効果が太極拳でも得られることを表しています。その隣のFigure 7A右側が抗ウイルス/抗体産生遺伝子 (anti-viral & antibody gene) 発現グラフです。こちらの方はCBT群が僅かに上昇していますがTCC群の方は有意な増加を示しており (p=0.0347)、抗ウイルス/抗体産生による免疫力増強効果を意味しています。

Figure 3Bの免疫細胞の解析によると主に遺伝子発現が抑制されているのは炎症のスポットに集まりさらに炎症増加を引き起こす単球が抑えられていることがわかります。Figure 4の瞑想の解析とはやや異なり、この研究では樹状細胞の抑制やBリンパ球の活性化はあまり顕著ではないですが、単球に関しての抑制効果は高い結果が得られています。


・今回の研究結果まとめ
 ・6週間の瞑想プログラム実践によって精神症状は明らかに改善した。
 ・瞑想群は従来治療に比べ有意に良好な結果であった。
 ・瞑想群では炎症促進因子NF-kBの発現が有意に低下した。
 ・NF-kB低下以外にも抗炎症因子 (IRF/GR) の発現増加がみられた。
 ・免疫細胞は単球や樹状細胞などの有意な抑制がみられた。
 ・一方でBリンパ球の抗体産生が有意に増加していた。
 ・3ヶ月の太極拳実践では炎症物質 (IL-6/TNFα)が有意に減少した。
 ・太極拳群は炎症誘発物質の低下と単球の活性抑制がみられた。
 ・太極拳群は抗ウイルス/抗体産生遺伝子が有意に増加した。
 ・瞑想も太極拳も抗炎症作用/免疫増強作用がある。


・太極拳/氣功のルーツ

ご存知のように太極拳も氣功も古代中国から伝わったことは多くの人が知っていることと思います。この“氣”というのは拳法武術というよりも生命の根源的なエネルギーとして古代中国でも認識されていました。現代の日本における東洋医学の基本概念として“氣・血・水”というのが身体を巡る3つの重要な要素として知られています。この概念は元を辿ると7世紀頃に中国から伝わった医学書に基づき、その後日本でさらに研究されていった背景があります。

Figure 8に当時から伝わる古文書 (*12) を載せます。漢字ばかりで内容を理解するのは大変ですが、この中によく見ると“氣(Chi)”という字が何度も出てくることがわかります。様々な病気の原因・病態を網羅したこの書において“氣”という言葉が数多く出てくるのはこの“氣”というものが人体に備わっていて生命の恒常性を保つ基本的な要素であることを示しているからです。この“氣”というのは未だ科学的には解明されていませんが、“氣”は現代においても多くの健康法・体術・医療で伝えられ続けています。

今回も瞑想と抗炎症効果、免疫力増強効果を解説しました。今回の研究もエビデンスレベルの高い情報だったと思います。しかし、瞑想だけではなく能動的に身体を動かす太極拳も同じような効果が得られることは大きな発見です。太極拳も氣功も氣の流れを意識することが重要になります。ただ肉体的に手足を動かすのではなく、氣の流れを感じながら行うのが研究結果からも推奨されます。

氣功や太極拳になるとただの体操ではなく氣を意識した動きになります。それは言い換えると“身体を動かしながら見えない氣を動かす瞑想”とも言えます。そして、動かない座禅瞑想でも氣の流れを体の内側から外側から循環させ自在に氣を操る瞑想もあります。今回のように確固としたエビデンスも存在するので、これらを瞑想に取り入れて安定した精神と健康な身体をつくっていきましょう。

(著者:野宮琢磨)2025.2.11

野宮琢磨 医学博士, 瞑想・形而上学ガイド
Takuma Nomiya, MD, PhD, Meditation/Metaphysics Guide
臨床医として20年以上様々な疾患と患者に接し、身体的問題と同時に精神的問題にも取り組む。基礎研究と臨床研究で数々の英文研究論文を執筆。業績は海外でも評価され、自身が学術論文を執筆するだけではなく、海外の医学学術雑誌から研究論文の査読の依頼も引き受けている。エビデンス偏重主義にならないよう、未開拓の研究分野にも注目。医療の未来を探り続けている。

引用/参考文献

*1. 瞑想と免疫力:ストレスは炎症や発熱を引き起こす? https://note.com/newlifemagazine/n/n86d491088993 
*2. 瞑想と星の力で抗炎症作用と免疫力アップ. https://note.com/newlifemagazine/n/n39e238816738 
*3. Irwin MR, Cole SW. Reciprocal regulation of the neural and innate immune systems. Nature reviews Immunology. 2011; 11(9):625–632.
*4. Bower JE, et al. (2015). Mindfulness meditation for younger breast cancer survivors: a randomized controlled trial. Cancer, 121(8), 1231-1240.
*5. UCLA Mindful. https://www.uclahealth.org/uclamindful 
*6. Cohen S, et al. Measuring Stress: A Guide for Health and Social Scientists. New York: Oxford University Press; 1997.
*7. Radloff LS. The CES-D scale: a self-report depression scale for research in the general population. Appl Psychol Measures. 1977;1: 385-401.
*8. Taniguchi T, et al. IRF family of transcription factors as regulators of host defense. Annu Rev Immunol 2001; 6: 623-655.
*9. Kotla S, et al. The Transcription Factor CREB Enhances Interleukin-17A Production and Inflammation in a Mouse Model of Atherosclerosis. Sci. Signal. 6, ra83 (2013).
*10. Smoak KA, Cidlowski JA. (2004). Mechanisms of glucocorticoid receptor signaling during inflammation. Mechanisms of ageing and development, 125(10-11), 697-706.
*11. Irwin M, et al. Cellular Inflammation, and Transcriptome Dynamics in Breast Cancer Survivors with Insomnia: A Randomized Controlled Trial. Journal of National Cancer Institute. 2014(50), 295-301
*12. 諸病源候総論. 巻之1-50 / 巣元方 等撰.早稲田大学図書館 (Waseda University Library). https://www.waseda.jp/library/ 
画像引用
*a. Image by gstudioimagen. https://www.vecteezy.com/photo/24574589-one-man-meditating-in-nature-finding-balance-generative-ai
*b. https://www.freepik.com/free-ai-image/meditation-concept-digital-art-style_204409317.htm
*c. Image by yanalya. https://www.freepik.com/free-photo/group-young-people-teacher-sitting-padmasana-pose_3938361.htm
*d. Image by brgfx. https://www.freepik.com/free-vector/yin-yang-symbol-vector-cartoon-illustration_86677095.htm
*e. https://www.freepik.com/free-photo/medium-shot-women-practising-tai-chi_38170936.htm
*f. https://labs.google/fx/ja/tools/image-fx

前回までの関連記事はこちらから

※引用文献の内容に関する著作権は該当論文の著者または発行者に帰属します。
※当コンテンツに関する著作権は著者に帰属します。当コンテンツの一部または全部を無断で転載・二次利用することを禁止します。
※著者は執筆内容において利益相反関係にある企業等はありません。

★LINE友達限定情報、毎週金曜に配信中★

  銀河レベルのぶっちぎりに新しい情報で、  

  誰もが本質を生きる時代を目指します。  

 更新情報はライン公式でお知らせしています。


いいなと思ったら応援しよう!