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「動機」を探せ!(第2回)〜ベートーヴェン《交響曲第7番》第2楽章に通底する「リズム動機」
新日本フィルnoteではダントツの情報量「岡田友弘《オトの楽園》」。実は指揮者の岡田友弘が新日本フィルの定期に絡めたり絡めなかったりしながら「広く浅い内容・読み応えだけを追求」をモットーにお送りしております。今回は「動機を探せ!」シリーズの第2回、ベートヴェンの《交響曲第7番》の第2楽章にフォーカス。「舞踏の神格化」「ロックの源流」ともいわれている名作の秘密を「動機」から紐解きます。
動機(モティーフ)についての基礎知識
「音楽の三要素」といわれているものがある。それは「リズム」「音程(またはメロディー、旋律)「ハーモニー(和音、和声)」とされている。
「時間芸術」「瞬間芸術」とされている音楽が、この3つの要素だけでできているわけではないのだが、それでもこの「音楽の三要素」は音楽の中で大きな存在だ。僕のような立場のものが大勢のオーケストラを合奏し、ひとつの方向にナビゲーションする、言い換えれば「全体を揃える」時に気にすることはこの「三要素」によるところが多い。
「ここはもっと歌って!」「ここはもっと感情を込めて!」「気持ちが入っていない!「気合いだ!音楽は」などとふんわりしたことを言っている時は、大体指揮者に明確なビジョンもなければ、何も聞けていないし、リハーサルで何もできていないことの裏返しなことが(個人的には)多い。逆にそのようなことが明確な場合はこの「リズム」「メロディー」「ハーモニー」についての具体的なビジョンや方向性、つまり「やりたいこと」が自分の中でもはっきりしている。その上て「情緒や感情のある人間で構成されている」オーケストラの人たちを何かグッと引き寄せる「魔法の言葉」の手札が多い指揮者は実演でも「一流」として多くの舞台に上がり、聴衆にその存在を広く認められているのだ。
この三要素の中の「音程(メロディー、旋律)」において最も重要かつ、音楽になくてはならない存在が「動機」「モティーフ」だ。
音楽においての動機とは何か?わかりやすくいうと「音楽を構成する最小単位」ということになる。言い換えると、人間がそれを聞いて「音楽であると感じる」最小単位、それが「動機」なのだ。そして、その動機が展開されて音楽作品が創造されていく。旧約聖書の「創世記」で神が「光あれ」といって世界が生まれた・・・という記述があるが、音楽においては「動機」がその「光あれ」のようなものだ。
楽典とよばれる音楽の中での基本法のようなものの中で、「動機」は「2音以上からなる音のつながり」と説明される。そしてその動機を様々な方法で変化させて、より大きな構成の音楽部分(メロディーやフレーズ)を作り出すことを「動機労作」といい、この「動機労作」によって多くの音楽作品が作られている。
ベートーヴェン《交響曲第7番》のこと
ベートヴェンの9つの交響曲の中の7番目の交響曲が《交響曲第7番》。第3番《英雄》、第5番《運命》、第6番《田園》、そして《交響曲第9番「合唱付き」》などと並ぶ代表作、かつ人気曲である。
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今回一隅を照らすのは「リズム動機」で辿る「緩徐楽章」の第2楽章。一般的には緩やかでメロディアスな曲想となるのが一般的。これは、緩徐楽章が「リート形式」のような「歌曲」の形式由来のものが用いられるからでもあるが、ベートーヴェンの場合はそれに「変奏」という要素が加味されるというのがポイントだ。そして《交響曲第7番》が他の緩徐楽章とやや趣きが異なることに注目。それはワーグナーがこの交響曲を「舞踏の神格化」と評したように「リズム」が重要な役割を果たしているのだ。結論からいうと、この楽章は「リズム動機」と「変奏」によって成り立っている。そこに着目するとこれまで以上に作品の鑑賞が面白くなる。
それでは「リズム動機」に注目しながら曲を見ていこう。
短いハーモニー提示のあと「リズム動機」が登場する。それは以下のようなリズムだ。
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「動機」とは「2個以上の音の繋がり」であり、なおかつそれが「音楽として認識できる最小単位のもの」のことをいう。それを踏まえると、上の画像のAの部分が動機として十分な条件を満たしている。
画像後半部分であるBもなんとなく「動機」として認識できないでもないが、いささか心許ない。
この「分子」ともいえるAと Bのを組み合わせたものはどのように感じるだろうか?このA+B動機はリズム動機としてより一層意味のあるものと感じられ、動機として「必要十分」な条件を満たしているように感じる。
つまりよりしっかりした分子構造を持った結合体として組み立てられているように感じられるのではないだろうか。
楽譜を見ると、このA+B動機がその後連続して登場することがわかる。したがって、この楽章の基本的かつ最重要動機はこの動機ということになる。そして、この動機が連続していくことでこの楽章が組み立てられているという建て付けになっている。
このリズム動機、少しずつ形、つまり音程が変化している。これが音楽や作品に重要な要素となるもので、「動機労作」つまり動機を使って曲を組み立てていくために曲を作る人が、時に意識的に、また時に無意識にやっている大切な作業なのだ。
このように、音程を少しずつ変えながら動機を変化させていくものを、ドイツ語で「セグヴェンツ(Sequenz)」といい、「反復進行」と和訳される。「反復」され「進む(進化、進歩)」するという意味と捉えるとわかりやすいだろう。英語の「セグメント」(集合体の区分や区切りという意味)と親和性のある言葉だ。
この第2楽章でも、もちろん「セグヴェンツ」で「動機労作」がおこなわれている。
この最初のリズム動機とその労作は24小節で一つのグループを形成していて、それはさらに前半8小節と後半16小節に分けることができる。後半の」16小節は8小節単位の同じものが2回繰り返される。つまり大きなグルーピングにおいてもA+B+Bという形をなしている。「繰り返す」というのもミソで、この「繰り返し効果」は演奏者や聴取者に、より深く印象付けることができるといえる。
クラシック音楽には2小節単位をはじめとして、2の倍数の小節数でフレーズが成り立っていることが多く、特に「8小節単位」のフレーズが多く見られる。
先程、この部分は「24小節」でフレーズが成り立っているといった。そこでもう一度リズム動機のことを思い出してみる。A+B動機で必要十分条件を満たす動機になると言った。つまりこのリズム動機は「4拍」、この楽章は4分の2拍子で書かれているので「2小節」となる。3×8=24…つまり動機にフォーカスすると、この曲も8が大切なフレーズ単位ということになり、一般的にいわれる「8小節フレーズ」と類似のものとなっている。
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この「リズム動機」が「セグヴェンツ」されてできたフレーズが「ヴァリエーション(変奏)」されていくというのが、この第2楽章の構成の最大の特徴だ。
ベートーヴェンの交響曲第7番・第2楽章=(リズム動機+セグヴェンツ)×変奏という「公式」が成り立つということだ。ベートーヴェンは他の音楽史的に重要な作曲家同様に、またその中でも特に「変奏の名人」とされている。基本リズム動機がどのように変奏されていくか、それを味わうことがこの楽章を楽しむ方法のひとつとして、僕がオススメする「鑑賞のポイント」だ。
どのようなリズムに変化するのか、どのような飾りがなされていくのか、曲想はどのように変化し、調性的な色合いが変わっていくのか。そこに注目しながら鑑賞してみてはいかがだろう。これまでと違う「景色」が見えてくるはずだ。
「舞踏の神格化」における「緩徐楽章」にもリズムがある。テンポは少し遅いかもしれないが、そこには「踊り」の要素が「リズム動機」のくりかえしで具現化されているのだと僕は考えている。
(文・岡田友弘)
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演奏会情報
ラクリン×三浦 夢の競演
“2つのヴァイオリンのための協奏曲”
11月29日(金)、11月30日(土)
14:00開演(13:15開場)
すみだトリフォニーホール
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 op. 64
ベートーヴェン:交響曲第7番 イ長調 op. 92
ヴァイオリン・三浦文彰
指揮、ヴァイオリン・ジュリアン・ラクリン
チケット再発売等、最新情報は新日本フィル公式WEBサイトでチェック!
執筆者プロフィール
岡田友弘
1974年秋田県由利本荘市出身。秋田県立本荘高等学校卒業後、中央大学文学部文学科ドイツ文学専攻入学。その後色々あって(留年とか・・・)桐朋学園大学において指揮を学び、渡欧。キジアーナ音楽院(イタリア)を研鑽の拠点とし、ヨーロッパ各地で研鑚を積む。これまでに、セントラル愛知交響楽団などをはじめ、各地の主要オーケストラと共演するほか、小学生からシルバー団体まで幅広く、全国各地のアマテュア・オーケストラや吹奏楽団の指導にも尽力。また、児童のための音楽イヴェントにも積極的に関わった。指揮者としてのレパートリーは古典から現代音楽まで多岐にわたり、ドイツ・オーストリア系の作曲家の管弦楽作品を主軸とし、ロシア音楽、北欧音楽の演奏にも定評がある。また近年では、イギリス音楽やフランス音楽、エストニア音楽などにもフォーカスを当て、研究を深めている。また、各ジャンルのソリストとの共演においても、その温かくユーモア溢れる人柄と音楽性によって多くの信頼を集めている。演奏会での軽妙なトークは特に中高年のファン層に人気があり、それを目的で演奏会に足を運ぶファンも多くいるとのこと。最近はクラシック音楽や指揮に関する執筆や、指揮法教室の主宰としての活動も開始した。英国レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ・ソサエティ会員。マルコム・アーノルドソサエティ会員。現在、吹奏楽・ブラスバンド・管打楽器の総合情報ウェブメディア ''Wind Band Press" にて、高校・大学で学生指揮をすることになってしまったビギナーズのための誌上レッス&講義コラム「スーパー学指揮への道」も連載中。また5月より新日フィル定期演奏会の直前に開催される「オンラインレクチャー」のナビゲーターも努めるなど活動の幅を広げている。それらの活動に加え、指揮法や音楽理論、楽典などのレッスンを初心者から上級者まで、生徒のレベルや希望に合わせておこない、全国各地から受講生が集まっている。また早稲田大学人間科学部で招聘講師として政治・文化複合史セミで指揮やクラシック音楽、専門家と愛好家との関わりなどを講義するなど活動の幅を広げている。
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