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【歴史小説】第76話 源為義⑥─源義賢─ 『ひとへに風の前の塵に同じ・起』


   1


 義朝が家出してからは、義賢を嫡男にした。

 義賢は義朝よりも従順で、こんなろくでもない親である俺によく尽くしてくれた。不甲斐ない家長である俺と、血の気が強い長男、奔放な弟義広、まだ幼い弟たち。様々な問題が、自分がしっかりしなきゃと強く思わせていたのだろう。

 朝廷の東宮帯刀職の仕事で忙しい中でも、まだ小さい子どもたちの面倒を見てくれる。それに、まだ「オジサン」の俺にもよく尽くしてくれた。

 だが、本家の郎党を殺したことに関与したとかで、東宮帯刀職を解かれてしまった。

(家族思いで聡明な義賢。どうにかして食っていける道はないのだろうか?)

 そう考えたとき、二つの案が浮かんだ。

 一つは俺と一緒に摂関家に仕える。もう一つは、東国で勢力を広げている義朝の抑えとして、弟義広とともに東国へ下向させる。

 だが、公には失態を犯してしまったことになっている義賢を、摂関家は雇ってくれるはずがない。それゆえに、修行を兼ねて東国へ下向させることに決めたのだ。

 俺はこのことを伝えるべく、朝食を食べ終えた後義賢を呼び寄せた。

「義賢、良かったら東国へ行ってみないか?」

「東国? でも、もう兄上が主だった郎党たちを従えています」

「だからこそ、だ。本来であれば、東国にいるは当主であるこの父と嫡男であるお前に従うべきなんだ。それに義朝はもう嫡男ではない」

「そうであったとしても、東国の名だたる武者たちのほとんどは、みな義朝に従っています。それも、義朝に従う郎党たちは、心から忠誠を誓っています。そんな中で、どう勢力圏を築けというのですか?」

「それはどうであろうな。この前、相模国にある鵠沼(くげぬま)(神奈川県藤沢市の南部)という場所を巡って、義朝たちが伊勢神宮の神人と戦ったらしいじゃないか。だから、いくら東国が義朝の勢力圏だったとしても、反抗する勢力はいるということだ」

「なるほど……」

 しばらく黙り込む義賢。

 考え込む義賢に、俺は揺さぶりをかける。

「修業を兼ねて、行ってみるのはどうだ。お前は源氏の嫡男。たくさんの郎党を率いねばならない。その予行練習だと思って、どうだ? それに家から出られない生活は、退屈だろう?」

 揺さぶりをかけられ、眉間にシワを寄せ、頬杖を突きながら義賢は考え込む。

 しばらくの間考え込んだ後、義賢は、

「わかりました」

 と言った。

「それでいい」

 俺は脇息の側に立てかけていた、長さ七尺の大太刀鬼切丸を差し出した。

「これを、お前に授けよう」

「いいのですか、選ばれなかった私が持って?」

 動揺する義賢。

 私はうなずき、こう答えた。

「お前がこの刀に選ばれたか選ばれなかったかはどうでもいい。俺も選ばれなかったが棟梁になれた。だから気にするな。義広と一緒に、東国から義朝の勢力を少しでも削ってくれ。そして、かつていなくなった者を俺の手に再び戻してくれ」

「はい」

 期待と使命、そして源氏一族の未来がのしかかった長くて重い大太刀を、義賢は受け取った。


   2


 義賢の東国入植作戦は順調に進んでいった。

 消息もまめによこしていて、さっそく秩父重隆(ちちぶしげたか)を寝返らせたこと。その後ろ盾で武蔵国比企郡にある大蔵に屋敷を構え、妻を娶ったこと。そして、その妻との間に駒王丸という孫が生まれたことを、喜ばしそうに書いていた。

 返事には、日常で起こったこと、祝い事や凶事、都に残してきた孫のことなどを文に書いて、使いの者に渡す。そして義賢からまた新たな文を受け取る。そんなとりとめのないやり取りが、俺にとっての細やかな楽しみだった。

 だが、義賢の手紙は、ある日を境にして途絶えてしまった。

(東国にいる義賢の身に何かあったのか)

 嫌な予感がした。

 毎日のように消息をよこしてきていた義賢。その消息が途絶えてしまった。

 東国で何かあったのだろうか? 何かしらの事件に遭ってかけない状況にあるのだろうか? そんな後ろ向きな妄想が頭をよぎる。

 数日前に義明と広常の二人が旅支度をしているところを見た。

 二人の荷物と思わしきものには、大きな木の箱や薙刀、弓矢といったものが、使用人の引く大八車にたくさん積まれていた。

(まさか、そんなことはないだろう)

 俺は文をよこせないほどに多忙なのだろうと考えることにした。まだ義賢は武蔵へ入ったばかり。豊島や比企といった豪族を調略するのに手間取っているのだろう。

 そう思うことにした。この方が余計なことを考えて、心を煩わせることがないからだ。

 だが、あのときの嫌な予感は、最悪な形で実現してしまった。

 ある日、隣にある義朝の屋敷から、使者として正清がやってきた。正清の側に控えている使用人は、二振りの太刀と桶を持っている。

 義朝の屋敷は、俺の家の前にある。10年前に京へ戻ってきたときに建てたものだ。

 俺に自分の権勢を見せつけようとせんとばかりに豪華な門を建て、そこからたくさんの人間を出入りさせている。そこから出てくる人間は、広常や義明といった俺から離れていった源氏重代の家人ばかりだった。

「おう正清じゃないか」

「うちの若が、このようなことをしてしまい、誠に申し訳ございませんでした。鬼切丸の方は、このとおり、そして、ご嫡男の首品もお返しいたします。ねんごろに供養をしてあげてください」

 そう言って頭を下げた正清は、後ろに控えさせていた下人に、2本の太刀と桶を俺の目の前に差し出した。

 桶を見て、俺はどういうことなのかは大体察した。だが、本当にその勘が当っていないかもしれないこともある。当たるな、と心の中で強く念じながら、木の桶の蓋を開く。

 残念ながら、予感は的中してしまった。桶の中から出てきたのは、塩漬けにされた義賢の首だったのだ。

「義賢、こんな姿になって……」

 目の前に置かれた、義賢の首と対面した俺は慟哭した。俺を大事にしてくれた孝行息子。家族思いの優しい息子が、生首になって帰ってくるなんて──。

 同時に怒りも湧いてきた。

 同じ父から生まれた子どもの命を、弟の命を、よくもコケにしてくれた。犯行が間接的であっても、親である義朝にも責がある。そして、あの外道を産んだ俺にもその責任はある。だから、二人の親である俺が、この手で責を取らなければいけない。

「正清」

「はい」

 俺は、怒りと悲しみが混じった涙を流しながら、義朝にこう言っておくように言伝を残した。

「義朝のバカに、よく伝えておけ。お前はこの勘当した父が絶対に殺す。産んだものの責を取るために、愛する息子の仇を討つために、とな」


   3


 またしても神仏は俺に非情だった。

 京都に残してきた義賢の孫たちを、惣領が引き取ったのだ。

 惣領とは、近衛に住んでいる頼政のことだ。

 源氏は満仲の代に、嫡流で摂津を拠点とする兄頼光の家と、河内を拠点としていた三男で我らが先祖頼信の家に。理由は鬼切丸の継承者が二人いたとか、分家したとか、家々によって伝えられている話がバラバラなため、その真偽はわからない。

 惣領は、屈強そうな外見とは裏腹の穏やかな口調で言った。

「この子たちは、責任を持って私が引き取ります。こんな荒れた家では到底育てられません」

「そ、そんな……」

「こうなったのは、全て貴方のせいです。自分よりも強い者を絶対に認められない頑固さ、そして、」

「惣領殿、待ってください!」

「さあ、行きましょう。今日から私が新しいお父さんです。怖がることはありません」

 何も知られぬがまま、頼政の手を握ってついていこうとする仲家。子どもの親であり祖父でもありかつ、家族の勝手な事情で親子の絆を引き裂かれた経験のある俺。当然、一族の勝手な都合で仲家が連れていかれるのを黙って見ていられなかった。

「仲家を放せ!」

 そう言って俺は、義賢の忘れ形見仲家の手を、強く握った。

「それはできません。もう院の方で話はつけてきましたから」

「そ、そんな……」

 力づくでも仲家を返すため、俺は鬼切丸を抜いて、斬りかかった。その刀身は、義賢に渡したときよりも半分ほどに縮んでいる。

 惣領殿は俺の渾身の一太刀をひらりと避けて、鬼切丸を奪った。

 鬼切丸は白い稲妻を纏い、峰の部分には鱗のような文様がにじみ出ている。鬼切丸は俺や義賢、義朝ではなく、真の継承者として惣領殿を選んだのだ。

 白く小さな稲妻が走る刀を惣領殿は振りかざした。俺と惣領殿との間に、地割れのような線が生じる。そして鬼切丸を俺の方に向けて、

「最後に言っておきますが、駒王丸も見つかり次第私が引き取りますので、妙な真似は起こさないようにしてくださいね」

 と言って鬼切丸を地面に突き刺した。

「畜生、畜生、畜生……。何一つ守れなかった。棟梁なのに……」

 俺は泣いた。

 父と別れた幼少の頃から、忠盛に勝てないと悟った少年の日から、俺は何も変わってない。家族を持てば何かが変わるだろう。そう思ったこともあった。けれども、愛する息子一人、孫一人守れないんじゃあ、あのときと変わったなんて言えないや。自分の手で、大切なものを何一つ守れないのだから。

 だから俺は決めた。

 あの日のままでもいい。俺の生きる場所は、陽のあたるところではなかった。それだけだったんだ。だから、人並みの幸せを享受することも、人の何倍頑張っても報われない。

「俺から全てを奪ったお前を、絶対に許さない!」

 雨の中泣きながら、俺は地面に突き刺さった鬼切丸を強く握った。

 その後、義朝を殺すために、軍勢を集めた。幸いあちらから白河院の落胤とその義弟、関白殿下奪還のために兵を出してきたから、攻める手間は省けた。それに為朝もいたから、勝てる気はした。だが、平家の軍勢も加勢したおかげで、見事惨敗した。


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