【エッセイ】武蔵(東京)⑥─江戸城本丸跡地の名所─(『佐竹健のYouTube奮闘記(37)』)
天守台へと登ったあと、江戸城本丸御殿の中にある名勝を巡った。
巡ったのは、石室(いわむろ)、松の廊下跡、富士見櫓の3つ。
石室は大奥のあった場所の近くにあった。
最初に石室を見たとき、私は抜け穴か何かか? と思った。大阪城には抜け穴があったという話を聞いていたから、江戸城にもそれに似た秘密の出入り口があったとしても不思議ではない。
(でも、どこへ通じているのだろうか?)
ふと、そんなことを思った。江戸城はかつて千代田区がすっぽり入るくらいの大きさがあった。それに、出入り口にふさわしそうないい目印になる場所がいくつかある。
この不思議な石室も、そんな抜け穴の一つなのかな? と思い、案内板を見てみた。
案内板には、
「大奥の調度などを火事から守るために作られた」
と書いてあった。
(なんだ、貴重品を守るためのシェルターだったのか)
少しがっかりした。抜け穴だったらロマンがあったのに。同時に、謎が多い石室に実用的な用途があったという事実はいい勉強になった。江戸城の本丸は何度か火事で焼け落ちていると聞いているが、このときも使われていたのだろうか?
そんなことを思いながら、次の目的地である松の廊下の跡地へと向かった。
松の大廊下跡と彫られた石碑の前に、私は立っていた。
「松の廊下、か」
松の廊下とは、大広間と白書院を結んでいた廊下のこと。襖に松の絵が描かれていたことから、このように呼ばれている。
(そういえば、なんで吉良上野介に斬りかかったんだろう?)
私は日本史の謎である浅野内匠頭が、吉良上野介に斬りかかった事件の背景について、思いをめぐらせた。
1701年3月14日。江戸城の松の廊下で赤穂藩藩主であった浅野内匠頭が、
「この前の恨み、覚えているか!」
と叫んで、高家旗本であった吉良上野介に斬りかかったということがあった。
幸い、内匠頭が斬りかかったときに旗本二人が止めにかかったので、上野介は頭に傷を負うだけで済んだ。
殿中で抜刀したということで、内匠頭は当日に切腹。赤穂藩はお取り潰しとなった。
対する上野介は、なんのお咎めもなく、怪我の報を聞いた当時の将軍徳川綱吉が直接お見舞いに来た。
これが、松の廊下事件の顛末だ。主君の死に怒りを抱いた赤穂藩の浪士47人が、両国にあった上野介の新居を襲撃し、殺害した討ち入りの原因となっている。
そんな日本史の中でも有名な事件であるこの一件。だが、内匠頭が上野介に斬りかかった理由は、
「恨みに思っていたことがあったこと」
ということだけしかわからない。内匠頭が、上野介に対して強烈な殺意を抱いていたことは、斬りかかるときに、
「この前の恨み、覚えてるか!!」
と叫んでいることからもわかる。だが、その前にあった、内匠頭が上野介に強烈なヘイトを抱くきっかけとなった出来事がよくわからないのだ。
よく言われているのが、ワイロが少なかったから不快に思った上野介が悪口を言ったり、嫌がらせをしたりしたことだろうか。
内匠頭は当時勅使の接待役に就いていた。そのとき礼法の指南を行っていたのが、高家旗本の上野介だった。当時は人から何か教えてもらったりしたときは、それなりの対価をもらうのが常識だった。だが、内匠頭はその対価である手付け金を少ししか出さなかった。そのことを快く思わなかった上野介は、悪口を言ったとされている。
他にも、塩のことを教えてもらえなかったことで、上野介が内匠頭のことをあまりよく思わなくなったという説もある。また、最近では、内匠頭に何かしらの精神疾患があったのではないかという説も出ている。
(考えれば考えるほど、よくわかんなくなってくるな)
結局のところ、松の廊下事件の背景にあった具体的な出来事は、一切わからない。ただ、事件が起きるまでの間に、上野介を殺したいと思うほどの強い怒りを感じる出来事が、内匠頭の身に起きていたというのは確かなことだろう。それが悪口なのか、あるいは嫌がらせなのかはさておき。
本丸の南西に、漆喰が塗られた白亜の三層の櫓がある。
ここは、富士見櫓と呼ばれている。
富士見櫓は、かつて江戸城にいくつもあった櫓の一つであるが、明暦の大火で天守閣が焼けて以来、天守閣の代わりとして機能していた。また、夏になると、将軍がここから両国の花火を見ていたのだとか。
(将軍が櫓から花火見物、か……)
私は将軍様が楽しげに隅田川の花火を見ている様子を想像した。普段の堅苦しい様子とは一転、バカ殿みたいな感じで楽しそうに見ていたのだろうか? だとしたら、少し微笑ましくなる。
そう考えると、将軍という遠い過去の人物も、生きていた時は一人の人間だったのだな、ということをまざまざと感じさせられる。
「本丸御殿にあるものを見たことだし、次の場所へ行きますか」
私は本丸跡地を出た。そして、次の行き先である皇居外苑へと向かった。
(続く)
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