【歴史小説】第58話 保元の乱・破③─決戦(2)─ 『ひとへに風の前の塵に同じ・起』
1
流れ矢に当たらないよう、蔀戸で厳重に閉ざされた大炊殿の奥。ここには崇徳院と頼長、そして総大将為義の姿があった。
「やはり、為朝の言う通りにすればよかったか」
頭を抱え、一人悩む頼長。
後悔の念にさいなまれる主君頼長を見た為義は、
「殿、ご安心ください。私たちは兵力は少ないですが、為朝や忠正といった、精鋭を多く抱えているではないですか。戦いはこれからですよ」
励ましの言葉をかけた。
「そうだな。まだ戦いは始まったばかりだ」
「そうです。まだ我が源氏宗家の惣領が動いていません。それに、興福寺の大衆たちが来る、という希望もあるではありませんか。だから──」
勝ち目はあります、と為義が言おうとしたところへ、顔色を真っ青にした信光が飛び込んできた。
「殿!」
「どうした、信光」
「頼政が、動きました」
「そうか」
笑みを浮かべる頼長。
だが、信光の次の一言で、希望は絶望へと変わった。
「ですが、現在、北の門を死守している平家弘と交戦しています」
「何!?」
嘘だ、そんなわけない。頼長は必死で自分に言い聞かせた。
頼長が必死で混乱している思考を整理しているときに、崇徳院は側にいた信光に声をかけた。
「はい」
「車庫へ行って、車を出してくれぬか?」
「わかりました」
「院、諦めるのはまだ早いです」
敗北宣言を聞いて、必死で崇徳院を諫める頼長。
崇徳院は切なげな笑顔を浮かべながら言った。
「もう私たちには勝ち目はない。頼長、吉野にでも逃げて、春には桜を眺めてゆっくり暮らそうではないか」
「諦めるのはまだ早いです。早まらないでください」
「どうか、どうか、ご命令を取り消してください!」
必死で崇徳院に頼み込む頼長。
だが崇徳院は使用人たちを集め、車の準備を始めた。
2
清盛が大炊殿の東にある門へと向かっているころ。義朝と広常、教盛、忠清は為朝と対峙していた。
左手に弓を持った為朝は、薙刀や太刀を構えた兵士たち、そして最前線に並んでいる源氏と平家の誇る精鋭4人を目の前にして立っている。遠目から見ると、寺の山門にある仁王像のような立派な風格だ。
「またお前たちか。この前のような、鎧で視界を奪って私の手足を斬るという猪口才な芸当では、俺を倒すことはできないぞ。あっちを見てみろ」
そう言って為朝は、先ほど射殺した兵士の亡骸があるところに視線を向けた。
兵士の亡骸には槍のように長い矢が、鎧を突き抜け、串刺しにした焼く前の焼き鳥の肉のように深く突き刺さっている。
「ほーう。三人串刺しにするとはなかなかやるではないか」
「俺は脱獄してから、弓をさらに極めた」
「修行も大事だが、そんな面倒なことをしている暇があるのなら、もっと頭を使って戦うこともできるだろうにな。この分だとどうやら、バカも治ってないようだな」
「兄上の言うとおりに戦いたいが、あいにく俺は頭を使って戦うのは苦手でな」
為朝は背中に背負っていた靫から矢を取り出した。
通常のものよりも長い矢。普通の矢が握りこぶし十二個分の長さとするならば、為朝のそれは、十五個分、いやそれ以上はあるだろう。もはや矢というよりは短い柄の槍という方が適切ではなかろうか。
「話の通じないやつめ」
「俺は治天の君から院宣をもらい、お前たちを退治しようとしているのだ。今では東宮のような立ち位置の帝から出る宣旨に、何の効力があるというのだ」
「そもそも太上天皇は、本来であれば名誉職のような立ち位置。だが、皇室をしのぐ摂関家の力を弱めるために帝の権力を先代に預けているだけ。それだけに過ぎない」
「そうか」
為朝は矢を放った。
放たれた矢を斬ろうとする義朝。だが、斬るのが少し遅かったためか、被っていた兜のてっぺんに当たってしまった。
矢が当たった兜は、
「お前、殺すんだったら殺せ。矢の無駄遣いだ」
「兄上だから、俺は特別にかすってあげるぐらいにしただけだ。そうならお望み通り、この矢で首ごと吹き飛ばそうか?」
次の矢をつがえ、為朝は義朝の首を狙って射かけようとしていたところへ、
「そうはさせるか!」
薙刀を振り回した広常が、足を目がけて斬りかかろうとした。
「おっと、危ない」
広常が繰り出す一撃をひらりとかわす為朝。
「よけるな!」
そう叫んだ広常は、帯を目がけて斬りかかった。
間一髪のところで為朝は薙刀の柄を手に取り、
「薙刀か。柄を取ってしまえば怖くはない」
と言って柄を自慢の怪力で引っ張る。
「ガキの分際で生意気な」
攻撃に転じようとする広常。だが、為朝の握力が強すぎて、動かすことすらもできない。
攻撃手段が無くなった広常の額に、為朝は思いっきり肘鉄を入れたあと、烏帽子をつかんで持ち上げ、気を失わせた。腰に帯びていた太刀を抜き、首を取ろうとしたところへ、
「そうはさせるか!」
太刀を持っていた左手を目がけ、教盛の蹴りが入った。
3
戦場から抜け出した頼政と道満は、戦っていた。
護符を取り出し、式神を作って攻撃する道満。
道満の攻撃を、矢も使わずに撃ち落とす頼政。
「貴方もしかして、気を具現化できる能力者なの?」
「えぇ」
「ならば式神を使っての戦いは不利なようね」
道満はそう言ったあと、真言のようなものを唱え、手を合わせた。
手を広げると、抜身の日本刀のようなものが出てきた。
出てきた刀を構えながら、道満は言う。
「これは龍の牙からできた剣よ。ほんじゃそこらのナマクラなんて、真っ二つにしてしまうわ」
「ほう。それは面白いですね」
腰に帯びていた獅子王を頼政は抜いた。
「これが世に名高い、先帝から賜りし太刀獅子王かしら。いい刀ね」
「お褒めいただきありがとうございます」
「でも、龍の牙相手ではどうかしら?」
道満は龍の牙からできた太刀を大上段に構え、大きく振りかざした。
龍の牙の一撃を、頼政は受け止める。
龍の牙と獅子王が交わるところからは、火花が散ると同時に稲妻が走る。
「なぜ折れないの? 草薙剣や鬼切丸、布都御魂、小烏丸のような神剣ではないのに」
「草薙剣や鬼切丸、小烏丸には劣りますが、これでも神の力が宿った神剣。そう簡単に折られては困るものです」
龍の牙から刃を離し、間合いを取った頼政は、獅子王に自分の気を込め、力を入れた。
刃渡り1メートル以上はあるであろう太刀全体に、白く、大きな稲妻が走る。
「ほほう。自分の気を刀に込めて、この私ごと切り裂こうと言うのね」
「喰らえ!」
頼政は袈裟に斬りつけた。
白い光をまとった斬撃は、道満目がけて飛んでゆく。
「なんのこれしき」
刃を横に向け、道満は斬撃をガードしようとする。
龍の牙を中心とした結界は、道満を守るように周りを覆う。
頼政が放った斬撃は、道満が張っている結界に当たった。張られた結界を破る勢いで、斬撃は突き進んでゆく。
「これは、貴方が作った蠱毒『鵺』を倒した一撃。耐えられますかね」
武骨そうな顔に笑みを浮かべながら、頼政は言った。
「なぜ、あれが蠱毒だとわかったの?」
「実は、泰親殿から聞きましてね」
「おのれ泰親」
そう叫びながら、道満は頼政が放った気の一撃を跳ね返そうとする。だが、皮肉にも龍の牙にヒビが入り、結界が破れた。同時に頼政の放った斬撃が消え、龍の牙が折れてしまった。
「でも、次はこのようにはいかないわ」
そう言って、道満は変化をはじめた。
黒い髪は生糸のような白へ、目は四白眼へと変わっていった。尻からは黒い鱗をまとった尻尾、頭には角が生えた。犬歯はしっかりと牙に変わっている。
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