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【歴史小説】第63話 保元の乱・急③─新皇降臨─ 『ひとへに風の前の塵に同じ・起』


   1


「亡き白河院の落胤平清盛。とうとうお前の命運も尽きたようだな」

 先ほどの落ち込みようから想像できない大きな笑い声で笑ったあと、満身創痍の清盛に、頼長は言った。

「さて、それはそっちの方じゃないのか? 御殿から出てきたということは、そういうことなんだろう?」

 小烏丸を抜いた清盛は、頼長を目がけて斬りかかった。

「そうはさせん!」

 鋭い苦無を出した信光は、清盛の一撃を受け止め、清盛の腹部を斬りつけた。

 吹き飛ぶ清盛。

 清盛が起き上がるまでの間、信光は頼長の方を見て、

「殿、逃げるなら今です」

 と言った。

「わかった」

 そう言って頼長は、護衛の兵士十数人と一緒に逃げだした。

「待て」

 起き上がり、逃げる頼長を追いかけようとする清盛。

 それを阻むように、信光は攻撃を仕掛ける。傷を狙い、拳打を入れ続けていく。

 反撃できない清盛。サンドバックのように殴られ続ける。

「とどめだ」

 信光は清盛を討ち取るべく、苦無で首を切り裂こうとした。

「殿を死なせるな!」

 家貞は刀を大上段に構え、信光に突撃した。

「なんにも活躍してないから、せめてこの男一人でも倒してやる」

 それに続き、経盛も抜刀し、斬りかかる。

「ありがとう」

「殿、頼長をこの手で討ち果たしてください」

「わかった。絶対に討ち取って見せる。待ってて」

 清盛は馬に乗り、すでに遠くへ行った頼長を追いかける。


   2


 清盛たちが激闘を繰り広げていたころ。鏡の中の異空間では、頼政と半妖体になった道満との熾烈な戦いが繰り広げられていた。

 鋭い爪の生えた手から火球を出して攻撃する道満。

 矢をつがえないまま、頼政は道満の繰り出す火球を全て撃ち落とす。

「火球じゃダメか」

 舌打ちをして、道満は言った。先ほどから何度も火球を放っているが、一発も頼政に当たっていない。

「貴方の正体は鬼でしたか」

 戦闘時とは変わらないたたずまいで、弓矢を持った頼政は言った。

「それよりも貴方の能力は何なの? 念動力にしては、石や木の枝が飛んでこないし、弓を引いただけでも狙ったモノや体の箇所に傷を与えられる」

「知りたいですか?」

「えぇ」

「それならば──」

 頼政は弓の弦を引いた。

 張り詰めた弦に、白い光の矢ができてゆく。

「なるほど。頼政、貴様の能力は、気を操る能力であったか」

 そう言って、道満は結界の防御力をさらに強めた。

「ご名答」

 うなずいた頼政は、先ほどまで溜めていた気の矢を放った。

 気の矢は白く光り、平行線を描いて結界にぶつかる。

「ただの気の矢など──」

 弾き返してくれるわ! と叫び、道満が気の矢を弾き返そうとしたとき、結界が破壊された。

「ただの気の矢ごときで」

 結界が破壊されて、動揺する道満。

 そこへ、頼政が放った矢が容赦なく突き進み、道満の身体に風穴を開けた。

「とどめだ!」

 弓から獅子王に持ち替えた頼政は、自身の気を込めた無数の斬撃を何度も繰り出す。

 繰り出した斬撃は、半妖体となった道満の体に当たり、腕、胴、足といった順で切断されてゆく。

 道満が行動不能になったところで、頼政は懐から鏡を取り出し、元の世界へ戻ろうとする。


   3


「ゴメン、家貞、経盛……」

 大炊殿東門前から少し行ったところで、清盛は倒れていた。

 背中には大量の矢が刺さり、体中が傷だらけになっている。

 先ほどまで逃げる頼長を追いかけていたが、それを阻む崇徳院方の兵士に足止めを喰らうことに。

 清盛は小烏丸を振り回して奮戦したが、数の差であえなく敗れてしまった。

 幸いにも、味方が助けてくれたので、首を取られなかった。だが、遠くなる頼長の後ろ姿を再び追いかけようとしたとき、傷が痛んで倒れた感じだ。

「結局、討ち取れなかったよ」

 涙を流しながら、自分の弱さを恨んだ。

 もし自分が義朝みたいに強かったら、為朝や泰親のように特別な力を持っていたら……。すぐにあの二人を助けることができたのに。

 でも、自分には何もなかった。

 武士として必要な強さも、貴族社会で生き残るために必要な教養や管弦の才も。結局、自分が得意なことは、この乱世において、何一つ役に立たない。

「もう生きられなそうだ……」

 どんどん遠くなってゆく意識。これが、死というものなのか。

「次こそは、人並みにできる人間に生まれたかったな」

 そう思い、目を閉じようとしたときに、

「清盛よ。あの摂関家の男を殺したいなら、力を貸そう」

 脳内から声がした。将門だ。

「お前の力なんて使わないで、討ち取ってやるよ」

「いつまで強がりが言えるか。お前の身体は先ほどの叔父との戦いでボロボロだ。もしもお前が死ねば、この私の計画が頓挫してしまう」

「計画? 何だそりゃ?」

「詳細は言えないが、お前が皇室の血を引いているから、お前の魂と肉体を生かしている。それだけは言えるな」

「そんなことで俺を生かしてんのかよ。なら、死んだほうがいいよ。殺せるんだろ、その気になれば? ほら、殺せよ」

 自分を殺すように、将門を挑発する清盛。

 挑発に動じることなく、将門は黙り込み、

「ここで取引をしないか?」

 取引を持ち掛けた。

「取引?」

「私がお前の身体を生かす代わりに、天下を取ったときには、この肉体の本来の持ち主である私に返す。悪くないだろう?」

「そんなことはできないよ」

「ほう、そこまで死にたいか」

 笑ったあと、将門は九字を唱えた。

「破」と将門が叫んだとき、清盛の意識は徐々に無くなっていく。

「これでいい。お前は私のために生きてもらわねばならないからな」

 清盛の肉体を一時的に乗っ取った将門は立ち上がった。

「しかし、随分と乱暴な使い方をしてくれたものだな」

 そう言って、将門は傷口を軽く触った。

 先ほどまで血が流れていた傷は一瞬にして回復し、忠正と戦う前と同じ姿に戻っていた。

「私の力を借りれば、首だけになっても生きられるものを」

 皮肉っぽい口調で言ったあと、将門は手をかざし、

「止まれ」

 とつぶやいた。

 その瞬間、将門以外に流れる時間が止まった。

 目の前で戦っている兵士の動き、飛んでくる流れ矢が制止している。

「さて、どう倒そうか」

 将門は頼長を討ち取る方法について、制止した空間の中で考えた。

 刀や薙刀で討ち取れば、意識を戻したときに不審に思われてしまう。これで自分の存在を一門の誰かに知られてしまえば、計画が頓挫してしまう可能性が高くなる。

 時が止まった空間の中、将門は空を見上げた。

 北極星の周りを回る星空を捉えた写真のように、飛び交う矢は日射しが強くなった夏空の上で制止している。

「やはり、弓矢の方がいいな」

 将門は、目の前にいた矢を持っていた兵士から、

「借りるぞ」

 弓矢を借り受けた。

 矢をつがえ、狙いを定め、放った。

 黒い光を放って、矢は頼長を目がけて直進する。そして頼長の首元を貫通した。

 持っていた弓を持ち主に返す将門。何か物足りなげに、

「せっかくだから、周りにいる護衛と身動きの素早い青年も殺しておくか」

 と言って、刀を抜き、護衛全員と家貞と闘う信光を切り殺した。

「これでよし」

 先ほどいた場所に戻った将門は、再び目の前に手をかざした。

「戻れ!」

 とつぶやいた。

 止まっていた刹那が動き始め、合戦の喧騒が元に戻る。

「なんなんだ、これは!?」

 頼長の周りにいた武士たちはみな、首を斬られて横たわっている。同時に、首もとに違和感と強烈な痛みを感じ、

「首が痛い!」

 と甲高い叫び声を上げた。

 痛みのする部分を触ると、明らかに人の皮膚とは違う物質と血が流れる感触があった。

「そ、そんな、この私が死ぬなんて……」

 ない、と言おうとした頼長は、馬から落ちた。

 頭を強く打ったせいか、意識が遠のいてゆくスピードが加速してゆく。

 そこへ、たまたま通りすがった武者がやってきて、

「覚悟!」

 と叫んで、頼長の首を取った。

「忠平の子孫よ。これが私を見殺しにした報いだ。地獄で苦しめ」

 そうつぶやいて、将門は頼長の死を見届けたあと、

「摂関家は滅ぼさないでおいてやる。この私を最後まで信じてくれたからな。だが、次は出まかせで私を陥れた経基王の子孫、私を殺した秀郷の子孫と貞盛の子孫の番だと思え」

 と言って清盛の意識の奥底へと戻っていった。


   4


「何なんだ、さっきの邪悪な気は」

 高松殿の一室で、蘇麻臭の伎楽面を被った男と双六をしていた泰親はつぶやいた。

「いきなりどうしたね、泰親殿」

 伎楽面の男は、何もないような様子で、

「俊成、感じなかったか? 今の邪悪な気を」

 と笑い飛ばした。
「感じたな。でも、わざわざ言葉に出すことでもない。言葉は発した時点で力を持つものだからな。良い言葉を出せばいい方向に、悪しき言葉を放てば悪しき方向に。だから、今のお前さんが出した言葉で、奴が目覚めるあるいはすでに目覚めたとも考えられる」

「まさか、将門が目覚めたか」

 そう泰親が言おうとしたときに、舎人が入ってきて言った。

「陰陽頭様、そして俊成殿。帝がお呼びです」


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