【歴史小説】第61話 保元の乱・急①─決着─ 『ひとへに風の前の塵に同じ・起』
1
清盛と忠正は、再び睨み合った。
小烏丸を大上段に構え、突っ込んでいく清盛。
そんな挑戦者清盛の太刀筋を軽く流す忠正。隙を見つけては清盛に斬撃を入れたり、拳打や蹴りを入れたりし、じわじわ弱らせていく。
ボコボコにやられても清盛は、先ほどと同じように立ち上がり、フラフラになりながらも忠正に挑む。
「小僧、運がよかったな。死にかけても運よく目を覚ましたうえに、傷まで治してもらってな」
「俺は昔から悪運が強くてな」
刃を交えながら語らい合う、叔父と甥。
恐怖心を抑えながら、清盛は体中の全ての力を振り絞り、鍔迫り合いまで持ち込んだ。
「やるじゃねぇか」
笑みを浮かべる忠正。剣に込めた清盛の意思を汲み取るかのように、鍔迫り合いをうける。
清盛の体勢を崩し、討ち取る寸前までいったとき、清盛の足に矢が刺さった。
「くそ……」
持っていた小烏丸を落とし、悲痛な叫びを上げて倒れる清盛。
「誰だ? この戦いを邪魔した不届き者は?」
鬼の形相で、忠正は辺りを見渡す。
盛国と重盛は清盛の代わりに軍を率いて、息子の長盛、忠綱、通綱と頼憲率いる軍勢と戦っている。となるとやったのは──。
犯人と思わしき人物が誰なのかわかった忠正は、探しに行こうとしたとき、
「父上、やりました」
後ろから少年のうれしそうな声がした。
忠正は振り返ってみると、そこには弓を持ち、喜ばしそうな表情で忠正の方を見つめている少年がいた。忠正の四男通正だ。
忠正は通正の方へ近づき、
「バカヤロウ!」
と叫んで頬を思いっきり殴った。
あどけなさを残した少年の顔に、青紫色のアザが広がってゆく。
「なぜ怒るのですか父上。俺は助太刀しただけです」
殴られた箇所を痛そうに手で押さえながら、通正は言った。
「男には負けるとわかっていても、逃げられない戦いってもんがあるんだよ」
「でも、俺は父上のことを思って……」
「叱るのは戦いの後だ。お前は俺に構ってないで、自分の戦いを戦って来い。これは父からの命令だ」
持っていた刀を目の前に向け、忠正は言った。
「は、はい」
清盛の方を向いた忠正は、
「悪かったな。俺のバカ息子が邪魔しちまって」
持っていた刀を地面に突き刺し、鎧を脱ぎ捨てた。身に着けていた防具を脱ぎ捨てたあと、刺していた刀を再び持ち、自分の体に傷をつけた。清盛が斬られたところと同じところに。
「お、叔父上、何をするんですか⁉」
突然の自傷行為に、清盛は驚いた。
傷だらけになり、あちこちで流血している忠正は、息を切らしながら話す。
「俺はお前のことを、根性なしの軟弱者、白河院の血を引くボンボンだとずっと思っていた。だが、どんなに高い壁が目の前に立ちふさがろうと、決して逃げない姿勢を見て、どこか間違えていたと思った。だから、もうお前のことは小僧とは呼ばねぇ。じゃあ、また始めるか、平家の棟梁清盛」
「うん」
血まみれになった手ぬぐいを足に巻き、清盛は再び忠正と対峙した。
ここからは、激しい打ち合いとなった。
刀と刀が打ち合うたびに出る金属音と火花。
蹴ったり殴ったりするときに出る鈍い音。
戦場の中で、純粋な伊勢平氏の叔父と皇室の血を引く甥の魂が、剣と拳を通じてぶつかり合う。
「成長したな、清盛。俺はお前のことが嫌いだが、うれしいぜ」
「叔父上から褒めてもらえたのは、初めてです」
刀を離した清盛は、忠正の右腕を斬った。
痛がる素振りも見せず、忠正は、
「こっちにも意地があるんで、片手でも戦う」
太刀を左手に持ち替え、全身全霊の力を込めて、清盛に斬りかかった。
清盛はそれを避け、忠正の脇を斬った。
「よくやった」
斬られた忠正は、血を吹き出し、倒れる。
2
激しい戦闘が続く大炊殿の東門では、義朝と忠清が為朝と戦っていた。
矢を防ぐため、忠清は両手に持った二本の太刀で矢を弾く。そして義朝は脇から為朝の隙を伺っては斬りかかる。
「さっき見てわかっただろう? 刀なんて、この鎮西八郎様の前では何の役にも立たないとな」
余裕の笑みを浮かべながら、為朝は義朝の繰り出す太刀筋を軽い身のこなし、矢を放っている。
「視覚を奪われただけで何も攻撃できない貴様に言われたくないな」
「でも、兄上はそんな男に、四人がかりで挑んでも勝てない。無様なものだな」
よけながら、為朝は矢を構え、目の前で戦っている兵士を射抜く。
「もらった!」
持っていた刀を交差させ、忠清は為朝の首を狙って斬りかかる。
「遅い!」
手の付け根の部分を為朝は蹴りつけ、忠清の持っていた二本の刀を落とした。
「これで貴様は丸腰になったな」
「武器はなくとも戦えるんだぜ」
そう言って忠清は為朝の額に肘打ちを喰らわせた。
「全然効いてねぇな。蚊に刺された程度だ」
日焼けした浅黒い顔に、白い歯を浮かべた為朝は、片手で軽々と忠清を投げ飛ばした。
投げられた忠清は受け身を取り、頭部への衝撃を何とか回避。
「ここにも貴様の敵がいることを忘れるなよ」
再び矢をつがえようとしていた為朝に向かって、斬りかかる義朝。
「うるさい小蠅どもが」
そう叫びながら、為朝は義朝に回し蹴りを入れる。
蹴られた義朝は築地へ激突し、倒れこんだ。
「兄上もここまでか。兄弟のよしみとして、ここでとどめを刺してやろう」
弓を放り投げ、為朝は刀の柄に手をかけたそのとき、たくさんの蹄の音と雄たけびがこちらに向かってくるのがわかった。
「誰だ?」
為朝は音のする方を向くと、そこには馬に乗った正清とその軍勢の姿が見えた。
「突撃だ!」
正清率いる特攻隊が為朝めがけてやってくる。
大きなため息をつき、再び弓を持った為朝は、
「いくら雑魚が束になってやってきても無駄だということがわからんのか?」
矢を3本取り出し、100人いるかいないかぐらいの軍勢めがけて射がけた。
放たれた矢は、次々と迫りくる特攻隊の首に命中し、倒れてゆく。
「為朝の矢を恐れるな、どんどん続け‼」
銃弾のような速さと威力を持つ為朝の矢に怯むことなく、正清は指揮を続ける。
「正清、何をしているんだ」
「義朝、こんなところで何をしている!?」
そう言って正清は、義朝の方を向いて言う。
「行け」
「どういうことだ?」
「俺たちのことは構うな」
為朝のところへ行け、と言おうとしたときに、正清は左腕を射抜かれ、馬上から落ちた。
屍の上に、矢の刺さった正清の左腕が落ちる。
「正清!」
落馬した正清のもとへ、義朝は向かった。
「大丈夫か?」
義朝は、正清の身体を抱え、起き上がらせる。
「勝利の代償に、左腕ぐらい安いもんだ。だから気にするな」
「でも……」
「行け、義朝。これはお前たちのための突撃だ。だから、この死を決して無駄にするなよ」
痛みに構うことなく、正清は死にゆく兵士たちを鼓舞し続ける。
「わかった。行ってくる」
義朝はそうつぶやき、為朝の元へ駆け出した。
「みんな死にたがりなようだな。もっと、命は大事にしないと」
為朝は次の矢をつがえ、撃とうとしたしたときに、弓が三等分に切れた。
「貴様か」
「これで弓が使えなくなったな」
忠清は再び刀を納めた。
「アホか。さっきも見たように、俺は弓以外も使える。それを忘れたか」
そう言って為朝は腰に帯びていた刀を抜き、忠清の脳天をめがけて斬りかかった。
左手に持った太刀でガードした忠清は、
「貴様は常人離れした身体能力と集中力、視力があるところは褒めてやる。だがな、異常な集中力は、お前の長所にもなると同時に弱点にもなる。次に生まれ変わったときのために、肝に銘じておけ」
と言って、空いた右手で両手の付け根を斬った。
手からは血が噴き出し、持っていた刀は地面に突き刺さる。
「俺に勝てないお前が説教するんじゃね!」
為朝は蹴りを入れた。
強烈に痛い蹴りを、忠清は受け止める。
「もう一人いることを忘れたか!」
義朝は為朝の足を斬ったあと、
「次は首だ」
と叫び、首をめがけて斬りかかろうとした。
だが、その瞬間、突然5歳ぐらいの黒い水干を着た子供が、二人現れた。
あまりに突然のことに、義朝は斬りかかるのを辞めて、
「どけ、そこのガキ。お前たちも斬られたいのか⁉」
と言って、童子二人を脅した。
笑みを浮かべた二人の童子は、丸く、白い顔に笑みを浮かべて、
「斬れるものなら斬ってみろ」
と義朝の頭の中に語りかけた。
「言われなくてもそのつもりだ」
義朝は、為朝の首を目がけて斬りかかった。
刃が為朝の首元に直撃する直前、右側にいたかむろ髪の童子が手を伸ばした。
すると、右側の薄いガラスのような膜が為朝と稚児の周りを覆い、義朝の一撃を跳ね返した。
「何なんだ?」
首を斬ろうと、義朝は何度も薄いガラスの膜のようなものを刀で叩き割ろうとする。だが、叩き割ろうとするたびに刃は跳ね返ってしまう。跳ね返った刀には、大きな刃こぼれがいくつもできた。
「畜生、どうなっているんだ」
イラつきながら、義朝は何度も割ろうとする。
刀で何度も結界を叩き割ろうとする義朝を面白そうに眺めていた為朝は、
「この為朝は殺せん」
と嘲笑しながら言った。
「どういう意味だ?」
「俺には出雲族の末裔にあたる女の陰陽師がついている。その巫女は兄上や忠清の何倍も強い」
「ほう。そいつは何て名前だ?」
「それは言えないな。ただ、この乱の首謀者である左大臣殿とつながっている。これだけは言える。そして最後に忠告しておくが──」
為朝が何かを言おうとしたとき、結界の中にいた左側の童子が摩利支天の真言を唱えた。
二人の童子と重傷の為朝の姿が、どんどん薄くなってゆく。
「勝手に消えんじゃねぇ!」
義朝は力任せに結界を破壊しようとした。
だが、二人の童子と為朝は、透明な膜と一緒に消えていった。
むなしく虚空を切り裂き、地面の土を斬った義朝の刀。
「ちっ、また逃げやがったか。悪運の強いやつめ」
舌打ちをした義朝は、鞘に刀をおさめる。
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