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【歴史小説】第30話 祇園乱闘事件②─聞き取り調査─ 『ひとへに風の前の塵に同じ・起』


   1


 鳥羽院の嫌な予感は的中した。

 御幸から帰ってきた次の日、八坂神社の神人と比叡山延暦寺の悪僧(あくそう)たちが、麓にある日枝神社の神輿を担ぎながら、

「平清盛及び父親の忠盛を流罪にせよ!」

 と一同に叫びながら、鳥羽殿周辺で抗議活動を始めたのだ。

 忠盛父子の流罪を求める大合唱と太鼓の音が、都中に響き渡る。

「比叡山(やま)が大規模な強訴を起こすとは、大変なことになりましたな。一体清盛は何をしでかしたのだ」

 ため息を一つついて、信西は頭を抱える。

 鳥羽院はしばらく頭を抱えた後、

「直ちに忠盛を呼べ。何があったのか聞きたい」

 と信西に命令した。

「承知いたしました」

 信西はその後、「今すぐ院庁に来るように」という意味の書状を書き、平忠盛のいる六波羅に使いを出した。


「平清盛及び父親の忠盛を流罪にせよ!」

「神輿に矢を射た所業は正気の沙汰じゃない! 清盛、お前は人間じゃない! 地獄へ落ちろ!」

 白い頭巾を被り、薙刀で武装した僧侶の集団は、鳥羽殿に向かって叫び続ける。

 そこへ鎧を着、右の頬に傷跡がある小柄な武者が、数人の郎党たちを引き連れて現れた。

 小柄な若武者は太刀を抜いて、

「お前らいい加減にせんか!」

 怒れる僧兵たちを一喝する。

 悪僧たちの視線は、小柄な青年の元へと集中した。

 そこで、先頭にいた悪僧の一人が、

「誰ぞ? 神輿に矢を射ることが、どういうことか、わかっているのか」

 薙刀を構えて大きな声で言った。

 小柄な青年は、名乗りを挙げる。

「俺は源義朝。院に使えている武者だ」

「そうか。我々は御仏の意を代弁して、院庁の前で抗議をしているのだ。俺たちを殺そうものなら、天罰が立ちどころに下るだろう」

「では、なぜ仏の意を汲む者が、このように人殺しの道具を持って、道のど真ん中で騒ぎ立てる?」

 義朝から正論をかませられた悪僧たちは黙り込む。

「あいつ、むかつくな」

 後ろにいた大柄な中年男は、矢をつがえ、主人義朝の目の前で薙刀を振り下ろそうとしていた悪僧に、上下に刃のある薙刀で斬りかかろうとする。その男の名は上総広常(かずさひろつね)。義朝の郎党の一人だ。

「広常、よせ。こいつらは敵に回すと厄介だ」

 義朝は殺気立つ広常を制止した。

「そうだぞ、広常、ここは大将の言う通り、辞めておいた方がいい。お前が矢を放って神輿に当たったのなら、清盛の二の舞になる」

 鎧を着、切れ長の目をしたきれいな顔立ちをした青年は言った。広常の耳元で囁き、射ようとしていた手元にそっと触れる。この青年の名は、相模国の住人で、広常と同じ義朝の郎党 鎌田正清(かまたまさきよ)。

「ちっ、みんな臆病だな」

 仲間たちに諫められ、広常は持っていた薙刀を引いた。

 義朝は薙刀の刃をきらめかす悪僧たちの前に出て、

「あっちを見てみろ」

 目の前の方角を指差した。

 悪僧たちは、義朝が示した方向を指差す。

 そこには、悪僧たちが道を塞いでいるせいで、通れなくていらだっている京都の民衆の姿があった。

「目の前がどうしたというのだ?」

「お前ら通行人の邪魔だ」

「だからどうした?」

「お前らが求めている院のご意向をこれから話す。山門側の主張はよくわかった。これらのことは、公卿たちとよく話し合い、10日以内には公平な判決を下したい、とな。だから、お前らいい加減山へ帰れ」

 義朝は鳥羽院の意向と通行の邪魔になっていることを、武装した悪僧たちに伝えた。

 義朝が事実を指摘すると、民衆たちはこれでもかというほどに悪僧たちを罵倒した。

「うるさい! お前たちこれ以上言えば御仏の罰が下るぞ!」

 抗議する民衆に、悪僧の一人は薙刀の刃をきらめかせ、斬りかかろうとした。

 逃げる民衆。

「お前ら挑発に乗るな!」

 悪僧たちの中から、柿色の袈裟を首にかけた僧兵が進み出て、彼らの狼藉を制した。この僧が、延暦寺の悪僧軍団の中心人物であろう。

 柿渋色の袈裟の僧兵は、

「わかった。約束しよう。でも、もし約束を破ろうものなら、我々はこの倍の人数を送り込む。いいな?」

 了承した旨を伝えた。

「あぁ、しっかりと伝えておく」

 この後延暦寺の悪僧たちは、日枝神社の神輿を担いで帰って行った。


   2


 信西の書いた書状を忠盛は、即座に支度を整え、鳥羽殿へと参内した。

「忠盛、そなたの清盛が、郎党たちと一緒に、祇園社の神人と乱闘をしたそうだな。そのことについて、そなたは何か知っておるか?」

 鳥羽院は、忠盛が事件について何か知っているかを聞いた。

「知っていることは毛頭ございません。息子の郎党がしでかしたことですので」

「毛頭ございません、とは何だ、お前の息子がしでかしたことなのだぞ!」

 頼長は大きな声で言った。

「左様。お前の監督不行き届きだ。怖いぞ、山門は。我が父は山門に毅然とした態度を取ったことで神罰により殺された。『思い通りにならないものが三つある。賀茂川の水、山法師、賽子の目』お前の長男の息子の実の父もこう言っていたからな。忠盛殿、いい加減諦められよ」

 顔を青くして忠実は言う。

「父上、頼長、いくらなんでも、双方の言い分を聞かないで延暦寺の言い分を通すのは、あまりに公平性を欠いた判断では無いのでしょうか?」

 忠通は父忠実と弟頼長に反論した。

「忠通、この父に反論するのか! ワシは山門の横暴や」

「父上、いくら山門が偉いとはいえ、ここは院の御前で、今は詮議をしているのです。自説をとうとうと述べる場ではありません。頼長も頼長だ」

「うぅ……」

 忠実は黒い直衣の袖に噛みつきながら、悔しさをこらえる。

 政界のクレーマー親子を論破した忠通には、

「さすがは摂関家の良識派」

「関白殿下よく言ってくれた! おい、太閤殿下と左府、お前ら皇室の外戚という理由でわがままが通ると思うなよ」

 公卿たちからの熱い喝采が送られた。

「私も、関白殿下の意見に賛成です。罪があるのは息子清盛の郎党であって、父子ではありません」

 詮議に参加していた公卿 徳大寺実能(とくだいじさねよし)も、忠通の意見に賛成した。

「その通り」

 信西はうなずいて、

「とりあえず、双方の言い分を聞くために、検非違使を通じて聞き取り調査を行うことにしましょう」

 と提案した。

「信西殿、うちの息子のためにも、そして、何があったのかを確かめるためにも、なにとぞよろしくお願いいたします」

 忠盛は頭を下げた。
 

   3


 翌日。検非違使の役人同行のもと、事件のあった場所に清盛と神人、山王丸海王丸兄弟を連れてきて、聞き取り調査が行われた。

 まずは、清盛たちを注意した祇園社の神人が、事件があったときのことを語る。

「ここでは準備をしてはいけない、と私が注意しました。平清盛はわかってくれたのですが、彼の郎党かと思われる長髪の男と坊主頭の男が、不服そうに抗議してきました。彼らにも私は注意したのですが、長髪の男がいきなり殴りかかってきて乱闘になりました」

「そうですか。あなたは清盛さまの郎党に、手を出すようなことをしたりしていませんか?」

 検非違使の役人は、神人の方も手を出していないかについて聞いた。

 神人はしばらく黙り込んだ後、

「してません」

 と答えた。先に手出しした事実を答えたら、不利になると思ったためだろうか。

「わかりました。では、清盛の郎党海王丸、お前はどうなんだ?」

 検非違使の役人は、山王丸と海王丸の二人に聞いた。

 山王丸と海王丸は答える。

「こいつがいきなり、意味わかんねぇ言いがかりつけてきたのに加えて、いきなりぶん殴って来たから、懲らしめてやっただけだ! 文句あるか?」

「俺も海王丸と同じだ」

「そうですか。あなた、思いっきり手出ししてるじゃないですか」

「うぅっ……」

 今にも泣き崩れそうな表情で、神人は検非違使の役人を見る。

 検非違使の役人は清盛に何があったのかを聞く。

「神人さんが、ここでは支度をしてはいけない、って言ってたから、俺はここで支度をしたことはしっかり謝った。でも、海王丸が勝手に神人に突っかかってきて大騒ぎになった。俺はしっかり止めようとしたんだけど、誰も言うこと聞かなかったんだよ」

「それは大変でしたね……」

 清盛の証言に同情しながら、検非違使の役人は調書を書く。

 その後も取り調べが続いた。

 清盛はしっかり謝ったが、海王丸が神人を挑発。それに乗った神人が海王丸に暴行を振るい、そこから乱闘になった。検非違使の書類には、このようにまとめられた。


 10日後。清盛とその父忠盛に判決が下された。

 延暦寺の意向と郎党への監督不行き届きを加味して、「忠盛父子に銅30斤の罰金を科す」という判決だった。

 罰金はすぐに払った。が、清盛は郎党の監督不行き届きで、忠盛から無期限の蟄居を命じられた。


   4


 比叡山延暦寺の根本中堂。

 縄で囲った小さな四角形のスペースの中で、護摩木を燃やした炎が、今にも天井を突き破りそうな勢いで燃え盛っている。

 目の前にいる紫衣を着た天台座主を中心にして、それを取り囲むように、僧侶たちが経文や真言を唱えている。

 そこへ、悪僧たちが乱入してきて、

「なぜ平忠盛・清盛父子を流罪にしなかったのだ?」

 と真言を必死に唱えている座主に聞いた。

 座主は僧侶たちと共に、火に向かって必死で真言を唱えている。

 目の前の聖なる炎はどんどん大きくなっていき、縄の結界を破ろうとするぐらいの幅に成長している。

「どうしてだ!」

 悪僧の一人は、先ほどよりも強い口調で聞いてきた。

 それでも座主は真言を唱え、護摩木を聖火の中に投入する。

「どうしてだって聞いてんだ! 答えろ!」

 悪僧の一人は、足踏みをし、大きな声で叫んだ。

 さすがに悪僧たちにイラついた座主は、真言を唱えたあと、

「お前らいい加減にせんか!」

 と怒鳴り上げた。雷のように大きな怒鳴り声が、全山に響き渡る。

「おのれ、やってしまえ!」

 悪僧たちは座主と僧侶たちに一斉に襲い掛かった。

 都を騒がせた祇園乱闘事件は、悪僧たちの騒ぎにとどまったのであった。


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