【歴史小説】第27話 雅仁親王③─対決─ 『ひとへに風の前の塵に同じ・起』
1
「いきなり勝負って言われてもな・・・・・・」
清盛は困惑していた。通憲に会ってみてはと言われただけなのに、いきなり勝負を要求されたからだ。
「私が親王だからといって、わざわざ負けてあげるような情けは不要。全力で挑むがよい」
「本当にいいのか?」
「もちろん」
雅仁親王は余裕の笑みを浮かべながらうなずいた。
「いきなり勝負っていわれてもね」
甥と弟子のやり取りを傍から見ていた祇園女御も困惑している。
雅仁親王は、祇園女御の左脇に置かれた鼓を見て提案した。
「祇園女御、丁度よい。今様で勝負しよう」
「え、あ、うん、そうしましょう」
祇園女御は苦笑いしながらうなずくと同時に、
(大丈夫かな。清盛)
歌で勝負をすることになった清盛が心配だった。幼少期から清盛のことを見てきたので、音痴なことはよく知っている。
雅仁親王は清盛の方を向いて、
「清盛、嫌なら拒否してもいいのだぞ」
といった。
相手は親王。自分の苦手なことでも、彼が、勝負しろ、と言ったら断るわけにはいかない。
「や、やります」
清盛は答えた。
「ほう、やる気になったか」
赤い唇に笑みを浮かべ、雅仁親王は再び祇園女御の方を向く。
「では、祇園女御、審査を頼むぞ」
「承知いたしました」
祇園女御はうなずいた。
清盛対雅仁親王の今様対決が幕を開ける。
2
今様対決が始まった。
先手は雅仁親王。余裕の笑みを浮かべて清盛を見た後に、口を大きく開けて歌い始める。
熊野へ参るには 紀路と伊勢路のどれ近し どれ遠し
広大慈悲の道なれば 紀路も伊勢路も遠からず
と歌い上げた。少年と青年の狭間に位置する年代特有の、高らかでもあるが微妙に低くなりつつある歌声が、御殿の中に響き渡る。
「あ、また雅仁殿下が歌っていらっしゃいますよ」
「ホントだ。きれいな歌声よね。それにカッコいいし」
「わかるわ」
雅仁親王の歌声を聞きつけたのだろう。白河北殿に仕えている女房たちが、遠巻きに雅仁親王の歌声を聴き、うっとりとしている。
「よい声でしたね、殿下」
「いつものように歌ったまで」
「次は清盛ですよ」
祇園女御は心配そうな表情で、清盛の方を見る。
「よし、歌ってやる」
清盛はやる気満々そうに深く息を吸って、歌い始めた。
鵜飼はいとほしや 万劫歳経る亀殺し また鵜の首を結ひ
現世はかくもありぬべし 後生我が身をいかにせん
音程が合っていない。抑揚もない、ただ声が大きいだけの獣の鳴き声のような歌声。例えるならば、某国民的アニメのガキ大将が歌うリサイタルのような声だ。
(やっぱりこうなるのね……)
祇園女御、呆れた表情で清盛を見た後、ため息を一つついた。
「あの人誰? どこかで見たことあるのよね」
「あのお武家さんは、平家の嫡男平清盛よ。あの、白河院の御落胤と言われてる」
「えー。あの下手な歌を歌う人が? あり得ない」
女房は不快そうな表情を扇で隠しながら、清盛の歌うところを見ている。
「どうだ、祇園女御よ?」
雅仁親王は祇園女御に勝敗について尋ねる。もう決まっているのだが。
「うん、この勝負は殿下の勝ちですね」
祇園女御はきっぱりと言った。
「やった」
雅仁親王はドヤ顔で清盛の方を見た。
(なんか知らないけど、こいつかなりムカつく。次こそは絶対勝ってやる)
清盛は袴をぎゅっと握りながら、次こそは勝ってやると意気込む。
3
次の対決は、双六対決だった。
「双六」といっても、紙の上で進退を繰り返したり、何回か休んだりする現代のそれとは違う。囲碁のように専用の盤と石を使って、勝敗を競っていた。使うサイコロは二つ。両方のサイコロを回して出た目を数え、進むというものだった。「早くゴールした方が勝ち」という点は、現代のものと変わらないが。
「絶対負けないからな」
「こっちこそ」
清盛と雅仁親王は、コップのようなものに入ったサイコロ二つを転がしながら、碁盤を前にしてにらみ合っている。
双六対決は最初清盛の方が有利だったが、後半から雅仁親王が巻き返してきたため、清盛の惨敗に終わった。
「つ、強い」
「双六に強いも弱いもあろうか。運勝負だろうに」
「まあ、そうだよな」
清盛のイライラのボルテージと絶対に勝ってやるという意気込みは、また頂点に近づいた。双六を選んだ点が、何をやってもダメな自分へのお情けのように感じられてならない。
「祇園女御よ、また頼む」
「今度は、何をするのですか?」
祇園女御は次は何をするのか聞いてきた。
そこで清盛は、
「舞で勝負する」
と答えた。自分が雅仁親王と対等に渡り合うためには、もうこれしかない。
「いいですよ」
三回目は舞の勝負に決まった。
先手はまた雅仁親王。祇園女御が歌いながら打つ鼓のリズムに合わせてステップを踏み、右手に持った扇を動かす。
だが、雅仁親王の動きはどこかぎこちなく、ロボットに似た、どこかカクカクとした感じだ。
舞い終わった雅仁親王は、
「疲れた」
と叫んで、御簾の奥にある畳に寝転がった。どうやら舞が苦手らしい。
「次は清盛ね」
「はい」
清盛は立ち上がり、腰に差していた赤地に金の日輪が描かれた扇を広げ、舞い始める。
しなやかでかつきびきびとした動きで、祇園女御が打つ鼓と歌声に合わせ、扇を持った手と足を動かす。
何かを指摘されては、いつも一人で騒ぎ、暇さえあれは居眠りをしている清盛とは別人のようだ。
(やっぱりこの子は舞が得意なのね。忠盛(あのひと)と同じで)
祇園女御は歌を歌い、鼓を打っているときに思った。清盛の得意不得意に関する部分は、どうも変わっていないらしい。
清盛の舞いが終わった。
舞だけの結果では清盛の圧勝だったが、今様や双六対決などの採点を加味して、雅仁親王が勝利した。
清盛が白河北殿を出たあと、祇園女御は、
「どうでしたか? あの子は?」
清盛の第一印象について聞いた。
「あやつは舞以外特に取り柄のない男だが、からかい甲斐のあるおもしろいやつじゃないか。おまけに舞も上手い。通憲の手先とわかっていても、またいつか会いたい」
「あの子の伯母として、気に入ってくれてうれしいです」
「だが、一つだけ気になることがあるのだ」
「気になることとは、何ですか?」
「帝と言い争いをしていたとき、私は清盛の様子を見ていたのだが、様子がおかしかった。先ほど会ったときのようなのんびりとした面構えではなく、冷徹で、どこか人形のような感じだった。そして、決定的に違うのは、左目に黒目が二つあったことだ。祇園女御よ、そなたは清盛の伯母であるが、何か知っておらぬか?」
雅仁親王は、崇徳帝と口論をしていたときに見た、清盛の異変について聞いた。
祇園女御はしばらく黙り込んだ後、
「さ、もう時間はありませんから、練習を始めましょう」
ごまかすように今様の練習へと話題を切り替えた。
「あ、そうであったな。勝負に呆けて忘れておった」
雅仁親王と祇園女御は、本題であった今様の練習を始めるのであった。
【前の話】
【次の話】