【歴史小説】第31話 平家盛①─夢見─ 『ひとへに風の前の塵に同じ・起』
1
1147年冬。清盛の弟家盛は常陸介(現在の茨城県の副県知事に相当する)の位をもらい、その11日後に行われた賀茂神社の臨時祭では、舞人を務めた。
「凛々しく、力強い舞よ」
二人の叔父忠正は、家盛の舞う姿に見とれていた。
「だろう。清盛とは別の、力強さがある」
「そういや、舞で思い出したが、石清水八幡宮の臨時祭で舞ったあの小僧は今どうしてるんだ」
「あいつか……」
忠盛は、今謹慎している、と答えた。
この前の騒ぎで銅30斤の罰金を払うことになった清盛は、忠盛から無期限の蟄居を命じられていた。
「そうか。これで家盛が棟梁になれば、一門も安泰だ」
「だといいがな」
忠盛は残念そうな表情をして、舞の鑑賞に戻る。
六波羅泉殿。清盛は縁側で一人日向ぼっこをしていた。
真冬の太陽は、この時期にしては眩しく暖かすぎる日射しを放ち、的と杭しかない荒涼とした庭へと降り注ぐ。
「今日は暖かいな。たまには、縁側で寝るのも悪くない」
清盛は縁側で寝転がり、目をつぶった。
昼寝をしようとしていたところへ、
「若、今何をしてますかな?」
家貞が話しかけてきた。うとうとし始めたところなのに。
「家貞か、どうした? 俺は今から寝ようと思っていたところだ。夕食前には起こしてくれ」
清盛は面倒くさそうに、尻を掻きながら答えた。
「わかりました。でも、いつも部屋の中にいるのは窮屈じゃないですか?」
「これでいいんだ。俺は所詮得意なことも何一つない人間だから。本来俺のようなでくの坊は、こうやって一人で日なたに当たっている方が気楽なのさ」
大きなあくびをして、清盛は再び眠りにつく。
「本当にこんな若でいいんですかね……」
家貞は小さな声でそうつぶやいた。以前の清盛は、鳥籠から放たれた鳥のように外へ出ていたのだが、謹慎を命じられてからは、岩屋に閉じ込められた山椒魚のように部屋の一隅にいる。
「兄上、兄上、起きてください」
清盛は誰かに体をゆすられて目を覚ました。
「誰だよ、今いいところだったのに・・・・・・」
清盛は目をこすりながら、眠たそうな声で言った。
視線の先には家盛がいる。
「おう、家盛か。どうだったんだ、今日の臨時祭の舞は?」
家盛はうれしそうに語る。
「叔父上から、力強い舞だ、って褒められました。とてもうれしかったです」
「そうか。良かったじゃないか。あの頑固シジイから褒めてもらえるなんて、滅多にないぞ」
「夕食ができてますから、一緒に行きましょう。話はあとで」
「え、まだと……」
酉の刻ぐらいじゃないのか? と言おうとしたときに、腹時計が大きな音を立てて鳴った。
「もうそんな時間か」
清盛は笑った。どんなときでも腹は空くものだ。
「さ、行きましょうよ」
「そうだな」
二人は夕食を食べに、お膳が用意されている本殿へと向かう。
2
「ここはどこ」
家盛は一面真っ暗な空間にいた。
その空間には、風も音もない。
(とりあえず、行ってみるか)
家盛は真っ暗闇の中を一人歩いた。
すると、目の前に清盛と自分が現れた。
清盛の後ろには白い竜、家盛の後ろには忠正と白い竜がいた。ただ、家盛の後ろにいる白い竜は、清盛の後ろにいるそれよりも老いているように見える。
二人は太刀を構え、互いににらみあう。
清盛の後ろにいた白い竜が老いた白竜を噛み殺すと、清盛は目の前の家盛に斬りかかった。
目の前の家盛はすかさず、清盛の一閃を抜丸で防ぎ、切り合いとなった。
最初は家盛が優勢だったが、清盛が不気味な笑みを浮かべた後に様子が急変。抜丸ごと目の前の自分を斬り捨て、そして忠正の首を切り落とした。殺戮時の清盛の表情は、冷淡な笑顔を浮かべ、飢えた猛禽類のように鋭い目付きをしている。
「辞めてくれ、兄上! これ以上、家族殺さないでくれ!」
家盛は泣きながら、目の前の清盛に訴える。
「言っても無駄だ、家盛。これは、お前の未来を見ているのだから」
後ろから声がした。振り向くと、白い狩衣を着た長い茶髪の少年がいた。
「あなたは誰ですか?」
家盛は少年に名を訊ねた。
少年は、
「安倍泰親。陰陽師だ」
と答えた。
「陰陽師って、あの妖怪退治を専門にやっている」
「いかにも」
泰親はうなずいた。
「それよりも、未来って?」
「そうだな。一院が崩御した後、皇位継承を巡って乱が起きる。そのとき、清盛とお前は、殺し合うことになる」
「そうなのですか?」
「あぁ。大元は同じ母を持つ新院と時の帝との確執がもとだが、それに乗じて叔父がお前を担ぎ上げようとし、戦いのとき、敵となった兄と戦うことになる。そして人を殺すごとにお前の兄の中に眠るもう一人が目を覚ますことになるわけだ」
「もう一人の兄さんって、どういうことだ? そして、争わなくても済む方法は?」
「聞きたいか。なら、教えてやろう」
「はい」
泰親は扇で口元を隠して、
「それは──」
方法を教えようとした。
3
泰親が、清盛と争わなくても済む方法を教えようとしたところで目が覚めた。
枕は寝ている間に出た大量の寝汗で、べっとりと濡れている。
──兄上と争わなくても済む方法。
家盛は支度をしながら考えてみる。
だが、どうすればいいのか、わからない。
自分が死ねば清盛が棟梁になることがほぼ確定する。だが、自分が死んでしまえば、お互い幸せになれる道が閉ざされてしまう。自分が棟梁になってしまえば、兄はずっとあのままだ。何もしなければ、泰親の言う「戦い」で兄弟は割れてしまうし、夢のように兄が自分を、叔父を殺してしまうかもしれない。
「難しい」
髷を結い、烏帽子を被った家盛は、そうつぶやいて本殿へと向かう。
本殿。
一列に並んだ箱膳には、お椀には玄米のご飯、おかずには豆腐やゴボウの煮物、味噌汁が添えられている。上座には忠盛、宗子、長兄の清盛、そして下座には4つになったばかりの末っ子平六郎(後の平忠度)が並び、忙しい朝の食事を済ませている。
「よお、家盛。顔色悪いな? どうしたんだ?」
清盛はご飯を食べながら家盛に挨拶をする。クチャクチャと聞こえる咀嚼音が不快だ。
「……」
家盛はしばらく黙った後に、
「おはようございます」
と返した。朝っぱらから、夢の中での虐殺の張本人がいる目の前で、昨日の夢の話ができるわけがない。
「何でもないんだ。兄上」
家盛は笑ってごまかす。
「こら、清盛! 食べながら話すのは、行儀が悪いですよ! 慎みなさい」
宗子は物を食べながら話す清盛を叱った。
「わかったよ」
清盛は食事に集中する。
家盛はいつもと変わりない清盛の姿を見て、ほっとした。同時に、特にこれといって優れたところがないが、ずっといつもの優しい兄でいてほしい、と心の中で祈りながら、朝食を摂る。
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