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啓蟄…虫の和歌を読んで、好きなものに正直に生きる人の窮屈さを思う
冬ごもりをしていた虫が地上に這い出る日。
ということで、虫を詠んだ和歌を「虫めづる姫君」から。
この姫君は「人は自然なままがいい」と言って、眉毛は抜かず、お歯黒も不潔だとして付けません。そして、身分の低い男の子から直接毛虫を受け取ります。当時としては常識外れの姫君です。
たまらないのは、姫君に仕えている侍女たち。見たくなくても毛虫が目に入ってくるんですから。
そこで侍女たちは陰で姫君をそしります。
これを、若き人々聞きて、
「いみじくさかし給へど、心地こそ惑へ」
「この御遊び物よ」
「いかなる人、蝶めづる姫君につかうまつらむ」
とて、兵衛といふ人、
いかでわれ説かむかたなくいでてかく鳥毛虫ながら見るわざはせし
と言へば、小大輔といふ人、笑ひて、
うらやまし花や蝶やと言ふめれどかはむしくさき世をも見るかな
など言ひて笑へば、
「からしや」
「眉はしも、鳥毛虫だちためり」
「さて、はぐきこそ」
「皮のむけたるにやあらむ」
とて、左近といふ人、
「冬くればころもたのもし寒くともかは虫おほく見ゆるあたりは
衣など着ずともありなむかし」
など言ひあへるを……
意訳
このやりとりを若い侍女たちが聞いて、
「姫様はとってもお上手に毛虫を扱いなさるけど、私はゾゾゾッとするわ」
「なんて素敵なお遊び道具なのでしょう」
「どんな幸せな人が蝶をめでる姫君にお仕えするのかしら」
と言って兵衛という侍女が、
どうして私は「ふつうの姫様は蝶をめでるんですよ」と説き伏せる方法もなく、このような、毛虫を見ながらお勤めをするなんてことをしているのでしょう?
(毛虫みたいな姫様もいつか蝶になるんでしょうかねぇ…という皮肉?)
と言うと、小大輔という侍女が笑って、
うらやましい! 世の中の人たちは「花よ、蝶よ」と言うらしいけど、私たちは毛虫くさい世の中を見ているのよねぇ。
などと言って笑うと、
「つらいわぁ」
「姫様の眉毛も毛虫のように見えるわね」
「歯茎の方こそ毛虫っぽいわ」
「あの歯茎は皮のむけた毛虫じゃないかしら」
と言って、左近という侍女が、
「冬がやってきても着物の心配をしなくていいから気が楽だわぁ。寒くても毛虫がたくさん見られるこのあたりでは。
着物なんか着なくたって、平気で過ごせることでしょうよ」
などと言い合っているのを……