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クリストファー・ノーラン監督 『バットマン ビギンズ』 : 「ダークナイト・トリロジー」 第1作

【旧稿再録:初出「アレクセイの花園」2005年6月24日】

※ 再録時註:バットマン映画の不朽の名作『ダークナイト』が作られる以前の、レビューである。本作『バットマン ビギンズ』は、『ダークナイト』の前日譚となる作品だ。私は、本作で初めてノーラン作品を観たのだが、それ以前のノーランは、『フォロウィング』『メメント』『インソムニア』の3本の長編しか発表しておらず、まだまだ知る人ぞ知る存在でしかなかった。つまり、その名を世に広く知らしめたのは、やはり『ダークナイト』だったのである。本作『バットマン ビギンズ』への私の評価は、今も変わっておらず、あまり内容のないレビューだが、いずれ、続編たる『ダークナイト』『ダークナイト ライジング』のレビューを転載することもあろうかと思うので、ここに再録しておきたい)


クリストファー・ノーラン監督『バットマン ビギンズ』は、良くも悪くも、優等生的な作品(ヒーローもの)だと言えよう。

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この作品では、バットマンこと大富豪ブルース・ウェインがどうして「正義の怪人」バットマンになったのか、どうしてゴッサムシティーは、ジョーカー、キャットウーマン、ペンギンといった「非現実的な狂気の犯罪者」が跋扈する街になってしまったのか、一一そのあたりの事情が、整然と語られる。

『スーパーマン』など、正統派のヒーローものに比べると、その狂気に満ちた非現実的な設定、不健康な世界観にこそ、むしろ魅力のある『バットマン』なのだが、その『狂気に満ちた非現実的な設定、不健康な世界』が、いかにして成立したのかを、「真っ当な視点」から描いた本作は、その意味で『バットマン』シリーズらしからぬ「真っ当さ」を備えた「健全な作品」、『良くも悪くも優等生的な作品』となっている。

したがって、本作『バットマン ビギンズ』を評価するか否かは、『バットマン』に「何を求めるか」によって変わってくるのではないかと思う。

つまり、ごく普通の「娯楽ヒーローもの」を期待するのであれば、この作品はこれまでのシリーズ映画(※ 『バットマン』(1989)、『バットマン リターンズ』(1992)、『バットマン フォーエヴァー』(1995)、『バットマン&ロビン/Mr.フリーズの逆襲』(1997) )のどれよりも「真っ当」であり、その意味で、広く評価されうる作品だと言えよう(良くも悪くも、本作の対極にあるのが、ティム・バートン監督の『バットマン・リターンズ』)。

ただし、『バットマン』に、バットマンらしさを求めるファンには、本作『ビギンズ』はやや「上品」に過ぎると感じられるのではないだろうか。

主人公自体が「怪人」にしか見えない、どこか暗く歪んだヒーローものである『バットマン』には、少なからず「狂気の哄笑」をこそ期待するファンも、決して少なくないはずだからだ。

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(※ 下は、『ダークナイト』より、ヒース・レジャーの演じたジョーカー。その鬼気迫る演技が絶賛されたが、レジャーは本作の公開を待たずに急逝している

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