前 〈ネトウヨ〉時代の記録 : 「在特会」 設立前夜の空気
(※ 再録時註:まだ「ネトウヨ(ネット右翼)」という言葉が、普及する前の話。私の掲示板「アレクセイの花園」の常連投稿者だったAOIさんが運営に関わっていた、その友人azamikoさんのブログ「きびをむく少女の指先傷つきてラムの琥珀酒カリブの海より来たる」が「荒らし」にあった。azamikoさんが、子供さんの通う学校で、「国家・国旗の強制」に反対する手紙を、面識ある先生方に手渡そうとしたところ、それを止めに入った校長とトラブルになった、とブログで報告したところ、今で言うネトウヨたちが、束になって「ブログ荒らし」を始めたのだ。そこで私は、そちらに救援に駆けつけて、楽に10人以上はいたネトウヨたちを相手に大太刀回りを演じたのである。そして、これが、評論家の東浩紀の関わっていた「ised 情報社会の倫理と設計」という研究プロジェクトの座談会で、「炎上」事例として取り上げられ、私は「白馬の騎士」みたいな人と、からかい半分に紹介されたのである。
以下は、その際の「アレクセイの花園」での報告記事で、末尾に補足資料となる記事を添付する。
なお、タイトルに「(上)」とあるのは、それがメインの記事であり、「(中)(下)」などは投稿者へのレスということであり、ここには収録していない。)
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戦おうではないか、青年諸氏よ!(上)
投稿者:園主 投稿日:2005年 4月12日(火)20時34分37秒
みなさま、ひさしぶりの書き込みとなってしまい、申し訳ございませんでした。一一じつは、過日のホランドくんの報告(※ 末尾添付の投稿「これが「学校における国旗国歌の強制」を歓迎擁護する人たちの姿です。」)にもございましたとおり、AOIさまがお手伝いなさっているazamikoさんのブログが、私が言うところの「若年エセ右翼」の有象無象(匿名者)から「荒らし」を受けておりましたので、早速「特別救助隊員」として出動し、例によって例のごとく、彼らを「バッサバッサと切り捨てていた」のでございます(笑)。
この状況の詳細については、azamikoさんのブログ「きびをむく少女の指先傷つきてラムの琥珀酒カリブの海より来たる」を直接当っていただくこととして、ここではあちらに発表した論文をご紹介しておきたいと存じます。
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「チンカス坊や」の研究
私に『若年エセ右翼』と呼び習わされている、「つまんね」「腹が立ちます」「uk.」「KMR」「メッセンジャー」などの、匿名のブログ「荒らし」たちを、総称してどのように呼ぶのが適切なのか。これは意外に難しい問題です。
例えば、「荒らし」というのは、彼らの「行為」を便宜的に表象としただけのものであり、「若年エセ右翼」というのは、彼らの「見かけ上の政治的立場」を評した言葉でしかなく、彼らに共通した「人間(人格)的特質」を指すものではありません。そこで、私はそうした側面から彼らを表象する言葉(代名詞)として、タイトルに示した『チンカス坊や』という言葉を考案しました。はっきり言って、お世辞にも上品と呼べるものではないのですが、
と、見てのとおり、「荒らし」をする「若年エセ右翼」たちは、私がまじめな調子で書いた文章を、まともに理解することができないようなので、ここではグッと砕けた「下世話な言葉」を選んでみたのです。実際、彼らの知的怠惰やレベルの低さは、「腹が立ちます」氏の、
> 賢い人間は難しい事柄を簡単な言葉で単純に話し理解させる。
> 馬鹿は簡単な事柄を難しい言葉で煩雑に話し混乱させる。
> ちなみにいわゆる左の人の中で、私は前者を見たことがない。
という言葉に明白でしょう。彼らに「難しい言葉」は、無縁・無効なのです。
「腹が立ちます」氏のこの言葉から窺われるのは、
(1) 自身の知的現状で理解できる範囲以上のものを、真摯に読もうとはしていない(知的怠惰)。
(2) 「理解できないものは、下らないもの」と決めつけることで、自身の現況を正当化している。
という彼の性格なのですが、もうひとつ言えることは、
(3) 彼が評価するような「右」の知識人は、「彼のようなレベルの読者層」を狙って書く傾向がある。
ということです。
つまり、ドゥルーズやデリダに代表されるような、世界的な左翼知識人は、最先端の問題を最先端のレベルで語ることに興味を持っていますから、どうしても、「腹が立ちます」氏など、ここで言う「チンカス坊や」レベルの人たちを、置き去りにしてしまい(そのために、彼らの劣等感を刺激して恨みを買い)がちです。
その点、日本国内における「右翼」イデオローグは、「内容」よりも「政治的効果」を優先しますから、日本の知的現状における「ボリュームゾーン」である、「腹が立ちます」氏などの「チンカス坊や」たちを対象に、彼らが喜ぶようなことを、彼らが喜ぶような表現で(内心、馬鹿にしながら)書くのでしょう。
もちろん、「右翼」にも、本格的な思想を、掘り下げて語るような、真摯な人もいるはずなのですが、当然のことながら、そういう人は「チンカス坊や」たちに「ウケる」ことはありません。なぜなら、「チンカス坊や」たちはいつだって『馬鹿は簡単な事柄を難しい言葉で煩雑に話し混乱させる。』と言って、「真摯に難問を扱うが故の難解な文章」を拒絶し、自己を正当化して「慰撫する」しか芸が無いからです。
なぜ、私が「チンカス坊や」などという下世話な言葉を選んだかの説明を終えたところで、この言葉の意味についてご説明しましょう。
「チンカス坊や」とは、次のような属性を持つ人のことを指します。
(1) 一人立ち(自立)出来ない。自己責任を負えない。
(2) 他者との、身体性をおびたコミュニケーションがとれない(オナニスト)。
つまり(1)について言えば、自己責任が負えるような形で、自己のアイデンティティーを他者に保証しない。つまり、匿名の陰に隠れ、他者に堂々と向き合うことをせず、それでいて、一人前のコミュニケーションを相手に求める「甘ったれ」である、ということです。
いくら威張って見せても、 「チンカス坊や」たちは、自身が「半人前」の自立出来ない「坊や」でしかないことを、その内心で承知しています。ですから、なにやら余裕(ぶった猿芝居)をかまして見せている「uk.」氏にしろ「メッセンジャー」氏にしろ、決して自分が「どこの誰か」を明かそうとはせず、話がそういう方向に進もうとすると、話題をそらしたり無視したりするのです。もちろん、これは彼らが、相手に言い負かされた時に「消えて」しまうための担保であり「逃げ道の確保」であって、傷つきたくない「ひ弱な坊や」である彼らが、「自己責任」を回避しようとしているからに他ならないのです。
言うまでもなく、azamikoさんや私は、「固定ハンドル」や「固定メルアド」を示し、自身の拠点である「ホームページ」や「ブログ」を明らかにし、それらを背負って発言をしています。また、azamikoさんに批判された校長先生だって、その身分を明らかにし身体をはった主張をしており、その意味でazamikoさんや私と同様「自己責任」を負う「逃げ隠れできない立場」の人間だからこそ、「一人前」に扱う(肯定したり批判したりする)に足る存在だと言えるのです。
ところが、azamikoさんのブログを荒らしに来ている、匿名の「つまんね」「腹が立ちます」「uk.」「KMR」「メッセンジャー」など「チンカス坊や」たちは、そういう「リスク」を一切背負おうとはせず、自身は常に「物陰から」石を投げつけるような形(=匿名・身元隠蔽)で発言をしておきながら、一人前の相手に対し「返事をしろ」などと「身の程知らず」の厚顔な要求をしているんですね。私が彼らを「一人前」の人格として扱わないのは、彼らがいつでも「意見の異なる別人」になり変われる、一貫した「人格」を持たない(保証しない)「半人前」の存在だからに他なりません。中には「固ハンにしたから、返事をくれ」などと寝ぼけたことを書いている「チンカス坊や」もいましたが、これは自己責任を負うという「固定ハンドルの意味」も理解できない「チンカス坊や」ならではの発言だと言えるでしょう。
ともあれ、「半人前」の「坊や」と呼ばれたくないのであれば、責任を負うべき自己の主体を明確にして、意見を交わす相手と「対等な立場(=同じ土俵)」に立った上で、意見を発するべきなのです。それができないのであれば、彼らは「生まれては消える泡沫」のような存在として、無視され軽んじられてしかるべきなのでしょう。
(2)について言えば、彼らが自身の正体を隠し、一方的な立場で他者に関わろうとする態度は、「他者との肉体的接触をともなう性交が恐くて、ひたすらオナニーに耽溺する坊や」とそっくりだ、ということです。
「大人」として他者とコミュニケーションを取ろうとすれば、当然のことながら、自分が何者であるかを示した上で、自己の理解を求めなけばなりません。もちろん、この場合には、コミュニケーションが失敗して傷つくというリスクも伴うわけですが、「相手のある行為」では相互が公平にリスクを負うというのは当然の前提で、子供のような「責任免除」の立場を、大の大人が選ぶというのは、恥じてしかるべきことなのです。したがって、「匿名の安全圏(匿名の被保護下)」からしか発言できない、自身を他者の前にさらしてコミュニケーションをとることのできない人は、たとえ年齢的に成人であったとしても、「チンカス坊や」と呼ばれるに値する存在だと言えるのです。
それにしても「チンカス坊や」などというわかりやすい言葉を使う私は、「左翼」的であるよりも「右翼」的な性格の強い人間なんでしょうね(笑)。左翼であれ右翼であれ、私が、「匿名」の陰にかくれて発言するような「チンカス坊や」たちに対し、激しい嫌悪と憎悪を感じるのは、ひとつにはそんな彼らを「同じ日本人だと思われたくない」と感じるからです。
たまたま今日買ってきた本『AMERICAN CHOICE』(新元良一・文芸春秋)の帯には、こんなアメリカ人の声が紹介されています。
つまり、私だって言いたいわけです。
――こんな「チンカス坊や」たちが、日本の愛国者だって!? おいおい日本人だって馬鹿じゃない、と。
2005年4月6日======================================================
今回の「荒らし」に関連するスレッド(?)は、おおむね次のとおりでございます。
・ 「2005-03-12 梅の花もほころび。」
(https://azamiko.hatenadiary.org/entry/20050312)
・ 「2005-03-16 花粉のいたみとともに」
(https://azamiko.hatenadiary.org/entry/20050316)
・ 「2005-03-28 ダイアリーでありながら。」
(https://azamiko.hatenadiary.org/entry/20050328)
・ 「2005-04-02 光の渇望」
(※ 2022年現在、既に削除か?)
・ 「2005-04-05 ミューズは舞い降りるか!?」
(https://azamiko.hatenadiary.org/entry/20050405)
・ 「2005-04-06 「国旗・国歌強制に反対する」をめぐって 1」
(https://azamiko.hatenadiary.org/entry/20050406)
・ 「2005-04-07 「国旗・国歌強制に反対する」をめぐって 2」
(https://azamiko.hatenadiary.org/entry/20050407)
・ 「2005-04-08 「国旗・国歌強制に反対する」をめぐって 3」
(https://azamiko.hatenadiary.org/entry/20050408)
・ 「2005-04-09 「国旗・国歌強制に反対する」をめぐって 4」
(https://azamiko.hatenadiary.org/entry/20050409)
・ 「2005-04-10 「国旗・国歌強制に反対する」をめぐって 5」
(https://azamiko.hatenadiary.org/entry/20050410)
・ 「2005-04-11 「国旗・国歌強制に反対する」をめぐって 6」
(https://azamiko.hatenadiary.org/entry/20050411)
なお、上に示しましたのは、それぞれのスレッド(?)への「コメントフォーム」のあるページでございますが、現時点では最新の「2005-04-10 「国旗・国歌強制に反対する」をめぐって 5」および「2005-04-11 「国旗・国歌強制に反対する」をめぐって 6」以外は、すでにコメントが満杯となっており、投稿不可の状態となっております。
ただ、この「コメントフォーム」ページのみ、それぞれのコメントの「投稿日時」が表示されているため、コメントの時間関係がわかるという観点から、こちらをご紹介させていただいた次第でございます。
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これが「学校における国旗国歌の強制」を歓迎擁護する人たちの姿です。(上)
投稿者:ホランド 投稿日:2005年 4月 4日(月)20時40分1秒
みなさん、こんばんは! AOIさまからご紹介のあった、azamikoさんのブログ『きびをむく少女の指先傷つきてラムの琥珀酒カリブの海より来たる』を見てビックリしました。ブログ「荒らし」にあわれている最中なんです。
ことの起こりは、azamikoさんが、娘さんの通っておられる学校の先生に、個人的に手紙を渡そうとしたところ、それを校長先生が邪魔したと、いうトラブルに発しています。詳しい経過は、azamikoさんの報告記をご参照いただくとして、要はazamikoさんが「学校における、国旗国家の強制」について問題提起をしたところ、園主さまがおっしゃるところの『若年エセ右翼』が批判を寄せ、それにazamikoさんと園主さまが反論したところ、とくに園主さまの批判がにべもないものだったことからか、例によって『匿名の有象無象』がドーッと押し寄せてきて嫌がらせをしている、という状況なんです。
で、こういう経験は、ボクもここ「花園」で何度も経験しているので、いまさら驚きはしないんですが、まったく進歩というものの見られない『匿名の有象無象』の十年一日のやりくちには、ホントにうんざりさせられました。
問題となったのは、上にもご紹介した「2005-03-12 (Sat) 梅の花もほころび。」なんですが、嫌がらせは他の多くの書き込みにも及んでおり、その文章は、書き手の品性の下劣さを露骨に窺わせるものとなっています。
たとえば「2005-04-02 (Sat) 光の渇望」につけられたコメントは、こんな具合です。
もうひとつ、「2005-03-16 (Wed) 花粉のいたみとともに」の方は、こんな感じ。
tkさんの『ゴヨクが天皇制を攻撃したとき』云々というのは、もちろんazamikoさんが引用なさっていたマルチン・ニーメラーの有名な言葉
『「ナチ党が共産主義を攻撃したとき、私は多少不安だったが、共産主義者でなかったから何もしなかった。ついでナチ党は社会主義者を攻撃した、私は前よりも不安だったが、社会主義者ではなかったからから何もしなかった。ついで、学校が、新聞が、ユダヤ人等などが攻撃された。私はずっと不安だったがまだ、何もしなかった。ナチ党はついに教会を攻撃した。私は牧師だったから行動したーしかし、それは遅すぎた」』
のパロディーのようです。
一一tkさんの人柄がしのばれるもじりだし、こういうのって「荒らし」の常套手段(=猿真似・おうむ返し)なんですよね。
それにしても、このレベルの低さには、唖然とさせられますよね。こんなこと、大人ならとても素面で書けるものじゃありません(中学生もいたようですが/笑)。
でも、だからこそ彼らは、いつだって、出自も明かさない「匿名」なんでしょう。
azamikoさんのお友達も応戦なさっているようですが、こういう人たちに、道理や倫理を説いても無駄だというのは、周知の事実。あんまりムキにならない方がいいと思います。なにしろ彼らは「書き逃げ」専門の人たちなんだから。
とにかく、ボクとしては、こうした形ででも、「国旗国歌の強制を歓迎擁護する人たちの実態」を引き出した意味は、とても大きいと思います。すくなくとも、卑劣なことはやりたくないと考える矜持のある人なら、こうした彼らのあり方に眉をひそめ、彼らの望むもののおぞましさを、実感的に理解できるはずですから。
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