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それを〈ファシズム〉と名づける

書評:佐藤優・片山杜秀『現代を生きるファシズム』(小学館新書)

〈ファシズム〉というのは、曖昧な概念である。基本的には「個が抑圧される、全体主義的な、悪しき政治体制」みたいな感じで受け取られていると言っても良いだろう。私も、漠然とそんな感じでイメージしていた。
しかし、本書はそうしたファシズムに対する「一面的なイメージ」を払拭して、今ここにおける〈ファシズム〉の多面的可能性を問うた本だと言えるだろう。

その意味では、本書は「ファシズムの定義を教えてくれる」本でもなければ「これを読むだけで、なにか真理が掴める」といった本でもない。
本書が読者に求めているのは、

「ファシズムとは、そんなふうに一面的にとらえて嫌悪すればいいだけの、悪しきレッテルなどではありません。ファシズムには、危機の時代に求められて然るべき良い面もあれば、それに伴う相応のリスクもあります。さて、今の日本は、そうした危機の時代であり、このようなファシズムが期待される可能性も十分にあって、それにはメリットもデメリットもありますが、果たして貴方は、それに対してどのような態度を選択しますか?」

ということなのである。
だから、本書が答を与えてくれるわけではない。本書が与えてくれるのは、読者個々が考えなければならない問題についての「前提説明」に過ぎないのである。だから、繰り返すが、読者は考えなければならない。

したがって、本書の読者は「安倍政権はファシズム政権であり危険だ」と言って済ますわけにはいかない。
安倍政権を批判するにしろ、どのようなところが、どのような必然性において、どのようなファシズム的危険性を帯びており、それをどのように評価して、どのように対処すべきなのか、といった具合に、具体的に考えていかなければならない。
そうしないこと、つまり短絡的にスローガンを叫んでいるだけでは、この危機は乗り越えられないという問題意識を、本書は提示しているのである。

で、この問題についての、私個人の回答だが、それはまだ出ていない。
ただ、ひとつ言えることは、私は、良きにつけ悪しきにつけ、徹底的な個人主義者であり、集団や徒党が嫌いなので、ファシズムに良い面があったとしても、やはり基本的にはファシズムには同調できないだろう、ということだ。

なにもカッコいい政治的見解を誇示しているのではない。
私は「会社はできるだけ定時に出て、友人は職場の同僚以外に作る」とか「町内会の活動には参加したくない」とか「友人は5人いれば十分で、たくさんの友人なんか面倒なだけだ」とか「みんなで仲良く、なんて同調圧力はごめんだ」とか「言いたいことを言わせてもらう」といった性格の人間なので、共産主義や独裁主義などの〈全体主義〉における「一体化」は無論のこと、それよりはずっとユルい〈ファシズム〉の「束ね」も、やっぱり馴染めないだろう、というだけのことなのである。

ちなみに、本書において片山は、

『 天皇を巡るリベラル派と保守派のあり方に反転現象が起きているわけですね。
 かつては左翼の人々は、天皇が民衆と触れあうと「天皇制を維持するためのパフォーマンスだ。象徴なんだから大人しくしておけ」と批判した。でもいまどき天皇制を廃して共和制に移行すると訴えてもリアリティがありません。野党は政権と対立する天皇を担ぎはじめた。まさに天皇に相乗りしている状況です。』(P226)

と、「天皇担ぎ」を他人事のように語っているが、2年前の、島薗進との対談『近代天皇論 一一「神聖」か、「象徴」』で、次のように語っていた自らの立場を、いま現在どのように考えているのか、とても気になるところであった。

『 天皇と前近代的神秘性の結びつきを否定して、近代民主主義の合理性にかなうように天皇像を改めてゆく。敗戦以来の歴史に即すれば、その道を追及するのが戦後日本の道理であり、「人間宣言」→「お言葉」の方向を追及するのが戦後民主主義の大義でしょう。その道は昭和天皇と今上天皇によってずっと試され、戦後憲法体制になじみ、実を挙げてきたと思います。
 この先、「お言葉」の方向が極限的に展開され、民主主義の理念を日本がより原理主義的に徹底してゆくことがあるとすれば、先述のように天皇制が危うくなる可能性も否めないかもしれません。けれど、民主主義に限らず何事も、理念を純粋に原理主義的に実現すればよいというものではありません。国民に理性があれば落ち着くところに落ち着きます。極端には靡きますまい。くりかえしますが理性があれば! 「お言葉」の説く、国民との信頼関係を具体的行為の不断の積み重ねによって築き続ける象徴天皇のありようも、ハードルは高いと言っても、次代、次々代、次々々代の天皇によって受け継がれてゆけないものでは決してありますまい。
 たしかに民主主義と天皇制は究極的相性はよくありません。しかし、近代民主主義国家としての今のところもっとも長続きしているのは、極端に傾かず王室と民主主義的政体を宜しく両立させてきたイギリスであるという歴史的事実もあります。
 丸山眞男は「戦後民主主義の虚妄に賭ける」と言いました。今上天皇の「お言葉」に深く説得された私としては、象徴天皇制の虚妄に賭けたいと考えます。』(P246〜247)

初出:2019年6月17日「Amazonレビュー」

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