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疾走フォトンの視界は晴れて

破いた自分の論文原稿の紙片を裏返し、そこに線を引いた。フリーハンドで。全ての指で握り込んだボールペンの先が、紙の繊維にめり込んでいく。

真っすぐに。真っすぐに。そう意識していても、どうしてもブレてしまう。今回も駄目だった。息を吐く。夕方のカラスが鳴く。ミツコ―、ミツコ―、と私の名前を呼んでいるようだった。

私は小さい頃から、完璧な直線に憧れていた。

無数に引かれた直線が、柔らかな曲線になること、自転する丸い地球の上にいる限り、どんな直線も曲線にしかなり得ないことを知った9歳の頃から、暇と筆記具があれば、すぐに直線を引くようになった。

決して曲がらない直線。それを目の当たりにしてみたくて、数学者になった。しかし、直線探しの研究に興味を持ってくれる人は現れず。一人でもがいてみたが、少しも上手くいかない。

種々雑多なしがらみが、私の精神の線を歪めつつあった。

紙片をぐしゃぐしゃに丸めた時、ガラスの向こうに閃光を見た。真っすぐな、ウルトラバイオレットの光の線は、天から真っすぐに地面に降り、右にスライドした。

地面を切るように。



気付けば記憶の大半が怪しくなっていた。記憶どころか、身体も。意識だけになって宇宙空間に浮かんでいる。周囲には、無数の線。玉虫色に煌めく細い線。

遥か遠くでは、星と星を真っすぐに繋いでいる。

やっと出会えた理想の直線に歓喜した後、自分が今、本当に「見て」いるのか気になった。どうやって今、歓声をあげた?どうやって、息をしている?どうやって、ここに来たのだ?自分の名前は?

……そうだ、ミツコだ。光子。光の子と書いて、光子。

疑問の洪水に巻き込まれていると、近くにある直線がぐにゃりと曲がる。そして、私にまとわりつき始めた。咄嗟に走った。正確には、足と思える部位をひたすら前に押し出したのだ。

新幹線の速さを超えて、ロケットの速さを超えて、私は走る。自らの前にどこまでも続く玉虫色の直線のラインに、沿うように。

走りながら、また星と星の橋渡しをする線を眺めた。宇宙の暗闇はさっきよりも澄んでいて、線の光がより際立っている。こうしていれば、ずっと、幸福なのだ。

そう悟って笑った。光の粒子、光子こうしとして。

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水月suigetu
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