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琥珀の朝の千羽鶴は舞跳ぶ
ピラミッドのごとく、積み上げられた四角いビタミン剤。
黄色だから、本物のピラミッドそっくりだ。
「また飲んでなかったんですね。駄目ですよ。薬なんですから」
ため息を我慢しながら、カーテンを端から開けていく。ベッドだけが置かれた丸い部屋の中心に築かれたピラミッドに、光が当たっていく。
光るピラミッドに近づき、片付けようと屈むと、青い何かが視界を通りすぎた。
辺りを見回すと、頭上をカラフルな折り鶴が飛び交っている。
「今日は折り鶴なんですね」
「そう」
「そう」
「飛べる」
「楽しい」
「今日は大当たり」
折り鶴たちが、輪唱するように囁く。
触れたことがあるものに、姿形がランダムに変わってしまう病。日が出ている間は、人間の姿に戻れない。奇怪でやっかいな病だが、今では当人が楽しんでいる。
「それは結構。でも、ちゃんと夜に薬は飲んでくださいよ」
「偽薬」
「でしょう」
「でしょう」
「……そうですけどね。まだ、あなたの病に効く薬はこの世に無いんです。一応、飲んでください」
「プラシーボ?」
「プラシーボ?」
「そうです。プラシーボ狙いです」
投げやりに私が答えると、囁き声が止む。ビタミン剤を全て回収して、腰を抑えながら立ち上がる。パタパタと羽を動かして飛び回る折り鶴の群れは、よく日が入る窓際に移動していた。
「先生」
「私」
「治りたくないかも」
「治りたくないかも」
主治医として、聞き捨てならない言葉だ。私は何かを盛大に間違えたということを意味する言葉だ。心が重くなる。何を間違えたのか、分からない。
「……なぜですか」
「また夢見た」
「いつもの」
「海底の琥珀の間の」
「そこに」
「いたの」
「昔の朝の私」
「人のままの私」
「シャンデリアのあるピカピカした大広間で」
「テーブルに着いてるイルカたちのために」
「琥珀色の目玉焼き焼いてた」
「ため息ついて」
「今の朝の私より」
「退屈そうだった」
「つまらなそうだった」
「今の私の方が楽しそうだった」
「だったらいいかな」
「今のままでいいんじゃないかな」
「そう思って」
色とりどりの折り鶴が、また私の傍にやってきて飛び回り始める。
「怒った?」
「怒る?」
「怒らせちゃった?」
「怒りませんよ。少しショックではありますが。あなたの意思が一番大事です。それじゃ治療は、終わりにしましょうか」
また、折り鶴たちは沈黙する。少しでも気分を持ち直させようと、小さいビニール袋に入れたビタミン剤をチャラチャラと鳴らしてみた。全然、気分は晴れなかった。
「先生としゃべるのも、この部屋も」
「お気に入りなんだ」
「だから、困る」
「とても、困る」
折り紙製の鶴たちが、私の両肩に乗った。嬉しいという感情がじわじわと滲んで広がっていく。沈んでいた心の急浮上を実感した。
「じゃあ、この薬だけ、止めにしましょうか。他は今のままで」
薬入りの小袋を掲げて、聞いてみる。
水色、桃色、黄緑色。折り鶴たちの色彩が私の視界を満たした。折り鶴たちの万華鏡の中に入ったようだ。一羽の金色の鶴が、私の顔の前でピタリと止まり、恭しくお辞儀した。
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