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レンジで簡単、異星グルメ

電子レンジに、冷蔵庫から出したばかりの冷たい煮物を入れる。蓋を閉めて「あたため」のボタンを押せば、ウィ~ンという重低音を発しながら動き始めた。注意深く中の様子を伺うが、深皿に入れてある煮物は大人しく温められているだけだ。

ビョビョ、ピョロ~ピーヒャラ~ピッ

数分後、温め完了の合図が鳴った。相変わらず変な音。すーっと息を吐き、意を決してドアを開けた。

深皿に盛られていたはずのレンコンやゴボウは消え去り、鮮やかな水色のスープが入っている。ご丁寧に生クリームを垂らし、乾燥パセリまで振りかけてある。

鍋つかみを装着し、慎重にお盆に乗せて。テーブルの上に置いて匂いを確かめる。無臭。うん、今回はいけるかもしれない。スプーンを持ってきて少しすくった。ホワイトソースのような、もったりとした感じだ。恐る恐る舌に乗せる。それほど熱くない。ん?甘い。味わえば味わうほど、爽やかな甘味が広がる。何かの果物?リンゴかナシか?

もう少し多めにすくって口に入れてみる。うん、美味しい。華やかな香りが鼻に抜けていく。甘味を引き立てる絶妙な塩気もある。今までで一番美味しいスープかもしれない。

近くにスタンバイしておいたタブレットのメモ帳に、急いで味の感想を打ち込む。最後に様々な角度からスープを撮って、感想文の下に貼り付ける。また異星グルメの記録が1つ増えた。スクロールして今まで書き溜めた記録を読み返す。まずかった異星グルメも思い返すと楽しいものだ。


私は、いわくつきアイテムの収集家。普段は郵便局で働いているが、休みの日には全国のオカルティックな場所を巡り、琴線に触れるものを探している。

昔は怪談師に憧れて色々頑張ってみたものの、芽が出なかった。時が流れて、あれだけ好きだった怪談を忘れかけていた頃、懐かしい友人から連絡があったのだ。奇妙な電子レンジがあるから見て欲しいということだった。その電子レンジが、いわくつきアイテムコレクションの最初の1つ目。

ビョビョ、ピーピー、ビョビョ、ピーピー……

電子レンジから変な警告音が聞こえてきて、タブレットから顔を上げた。ばたばたと電子レンジに近づく。蓋を開けっぱなしだった。しっかり閉めて警告音を止める。

もう随分、あの友人に会っていない。元気だろうか。


怪談師見習いだった頃からの友人。才能があったのに、私よりずっと早くに怪談師を諦め、ロボット開発にのめり込んだという面白い女性だ。

なぜエンジニアでも家電マニアでもない私に、電子レンジを見せたいのか。あの日、そう疑問に思いながらも会えることが嬉しくて、友人の職場の研究室にお邪魔した。

友人の研究室のテーブルには、無数の電線や基盤が置いてあって、その中に何の変哲もない白い電子レンジが1つあった。まぁ見てて、と言われ大人しくしていると、友人は自分のお昼だと言っていたコンビニのおにぎりを電子レンジに入れた。

コンセントが刺さってないよと言おうとした瞬間、レンジは快調に作動し、変な音を立てて止まった。友人が蓋を開けば、そこには銀色の丸い塊だけがあった。

呆然としている私の前で、友人はその銀色の塊を迷いなく手に取り、ぱかっと割って匂いを嗅いだ。呑気に「あー、肉まんだ」と言う友人が信じられず、覗き込むと中まで銀色一色。しかし確かに肉まんの香りがした。そして、2人で美味しく完食できてしまった。

友人は研究室用にと、とある店で中古の電子レンジを購入したらしい。製造年月日もメーカーも分からない。しかも、「※異星グルメが出ます」という謎のメッセージが刻まれている。そんな怪しい電子レンジを、安いからという理由で買ってしまったらしい。

「私はもうロボット一筋だから。こういう非現実的でオカルティックで面白い物は、怪談に一番熱中してたあなたに任せようと思って。あなたのこと、尊敬してるのよ。今もね」

良きライバルだった友人が、そんな嬉しいことを言うものだから、もう後に引けなくなって。定期的に友人に異星グルメの記録を送る約束をして、意気揚々と電子レンジを抱えて帰った。


異星グルメの電子レンジの謎は、まだ解けない。何を動力源にしているのか、入れる食材や料理と、出現する異星グルメには規則性があるのか、どの星の料理なのか、まったく分からない。

テーブルに戻って水色のスープを食べ進める。食べられないほどまずいものは、あまり出ない。今まで食べてお腹を壊したことも無い。

運試しのような気分で毎日実験していられたら、それでいいか。いつかは何か分かるはずだ。今日は大吉。癖になる空色のスープは、ほのかに甘い。



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水月suigetu
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