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連作短編小説「次元潜水士」第4話「カラビヤウな折り鶴」
西君の潜水
座標の計算という重要かつ面倒な作業を放り出し、折り紙で遊んでいるとインターホンが鳴った。そういえば、あの2人がそろそろ来る頃合いだ。
僕は次元潜水という技術で異次元の調査研究をしている。孤独な研究活動に限界を感じていた時に、助手になってくれたのが境井さんと加納ちゃんだ。しっかり者の境井さんだったらやばい。絶対に怒られる。折り紙を素早く片付けドアを開けた。加納ちゃんだった。胸を撫でおろす。
「いらっしゃーい。今日はね、また新しい次元潜水のルートをね……あれ?加納ちゃんスーツ着てる。わぁ、初めて見るよスーツ姿。女ボスって感じでかっこいい!」
加納ちゃんは驚いた様子で固まっている。何かおかしい。僕に初めて会った時のような表情だ。
「……あの、私は確かに加納ですが、五次元から今日初めてここに来ました。あなたは三次元における次元潜水の第一人者、西さんですね。会えて光栄です」
「え?……ええ!!五次元の、加納ちゃん?!」
僕と境井さんと加納ちゃんと、五次元の加納ちゃんが勢ぞろいした。皆テーブルの席についているが、境井さんだけは床に這いつくばっている。五次元の加納ちゃんに対面した時、驚きすぎて腰を痛めたので楽な体勢をとっているのだ。
僕がよく知っている三次元の加納ちゃんは、いつにも増して口数が少ない。五次元の自分が突然やってきて、びっくりしているのだろう。五次元の加納ちゃんが口を開いた。
「落ち着いたようなので用件をお話しします。ご存知ないと思いますが、実は五次元でも次元潜水調査が行われています。私はその調査研究の指揮を執っております」
「え!本当に?僕たち、よく他の次元に潜るけど、一度も僕たち以外の次元潜水士に会ったこと無いよ?」
「私たちは透明になる潜水スーツを使うので、見えなかったのでしょう。私たちは、何度か皆様をお見かけしております。チームワークの良さに毎回驚かされました。今日はそんな皆様にご協力いただきたいことがあり、参上しました」
「何か問題でもあったのかい?」
「ええ。ご説明します。五次元では、三次元が特に重要な研究対象なのです。なぜなら三次元は、カラビヤウ空間がある唯一の世界だから。カラビヤウ空間は、四次元より上の六次元分の世界が鶴そっくりな形状に折りたたまれた空間です。上空に確かに存在していますが、常に透明な状態なので肉眼では見えません」
ロボットのように話す五次元加納ちゃんの言葉に、理解が追い付かない。
「ちょ、ちょっと待って。つまり僕らのいる世界が、実は十次元ってこと?それで、高度な六次元分の世界は、空に浮かぶ透明な折り鶴みたいな状態ってこと?その空間の名前が、から、からし……」
「カラビヤウ空間、です。その空間をずっと監視していたのですが、最近異変がありまして。七次元の一部分が、はみ出ているのです」
「はみ出てる?」
「七次元の世界がはみ出て、三次元を浸食しているのです。まだ三次元に影響は出ていませんが、出てしまったら三次元空間は壊れます。なので、一時的にカラビヤウ空間を実体化させて、はみ出た七次元を押し戻す修復を行うのです。修復には優秀な次元潜水士が必要なので、皆様にぜひご協力いただきたく」
湯飲みに残っているお茶を一口飲んで興奮を抑えてから、返答する。
「七次元は、途方もない時間を自由に移動できる次元だね。独りで行ったことあるよ。138億年分の時間が渦巻く、荒れた海だった。恐ろしい場所だった。僕には命を異次元研究に捧げる覚悟がある。でも、加納ちゃんと境井さんの命は、全力で守るつもり。だから、今回は僕だけ、協力させてもらう」
「……分かりました」
「私も同行します!」
三次元の加納ちゃんが突然大声を出した。また驚いて腰に衝撃を受けたらしく、境井さんが小さく呻く。
「ピンチな時こそ力を貸すのが仲間です!同行させてください!」
「いったたた……私も一緒に行くよ西君。できる限りのことはさせて。私も、西君と加納ちゃんの命を守りたい」
2人の言葉に、じんわりと胸が熱くなった。
カラビヤウ空間の合同修復作戦の集合場所は、とある山の頂上だった。インドア派な僕らには厳しい道のりだったが、なんとか山頂に着いた。五次元の加納ちゃんに挨拶した後、次元潜水スーツを着込む。
加納ちゃんの部下だという人たちは、全員、白衣姿。次元潜水スーツを着ているのは加納ちゃんだけ。誰も加納ちゃんに話しかけない。小さな背中が寂しそうだった。
「皆さん、準備はいいですね?それでは修復作業に向かいます。今から作るワープゾーンが出入り口になるので、私に付いてきてください」
腕に小さな機械を着けている加納ちゃんが、空中に指先で円を描く。すると、瞬時にその円がどこかへ続く穴になった。
「さぁ、行きますよ!」ブラックホールのような穴に、次々に飛び込んでいく。
カラビヤウ空間は、まさに折り鶴の形をしていた。空に浮かぶ巨大な白い折り鶴に、気づけば僕たちは乗っていた。呆然とする僕たちに五次元の加納ちゃんはテキパキと指示を出す。
指示された場所を全員で息を合わせて押す。硬い感触だ。果てしない時空間がこの折り鶴に収まっているなんて。信じられない。興奮しながら何度か全力で押すと、ベコッという大きな音がした。折り鶴の一部がへこんでいる。
「よし、完了!戻りましょう」
五次元の加納ちゃんを先頭に、再び空中に空いている穴に飛び込む。あっという間に地上に戻った。
「やはり次元潜水士4人だと早いですね。お疲れさまです。助かりました」
頭を下げる五次元の加納ちゃんを、3人で抱きしめる。
「あ、あの……」
「無事に終わって良かった。これからは何も無くても、時々僕らに会いにおいでよ」
「……私友達少ないので、本当に遊びに行ってしまいますよ?」
「いつでも歓迎。五次元の私自身に会えて、すごく嬉しかった。もうとっくに友達だよ私たち」
「そうそう。あっ!!……安心したら、また腰が……いったたた……」
また腰を痛めてしまった境井さんに、3人で慌てふためく。
★このお話は次元潜水士シリーズの4作目となっております。
第1話「次元潜水士」
第3話「地図描き師のパラレル」
第5話「揺らぐ海と次元」
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