化石乱舞する夜会

フロア中の照明が一気に落ちた。真っ暗になってしまうかと思ったら、意外と明るい。大きな天上窓の真ん中に満月。月が照明になってくれているようだ。

開いた扉から強い光が漏れている。その光の中に、長い影が落ちていて。館長のシルエットだ。最近ちょっとだけ、お腹周りが目立ってきている。

「今日もお疲れさま。良い夢を。おやすみ」

館長はいつも通り、僕たちに声をかけてから扉を静かに閉めた。

しばらくの、静寂。慌てて館長が忘れ物を取りに戻ってくることもあるので、少し時間を置かなくては。数年前、それで館長にバレそうになったことがある。勇敢な恐竜の化石の僕も、あの時は肝を冷やした。あ、肝は無いけど。

静寂が続く。僕は満月を見つめた。月にも、僕たちの仲間、喋る化石はいるのだろうか。

「もう、いいんじゃない？」

「うんうん、もう誰も来ないでしょ」

「はー、今日もじっとしてるの、疲れたなー」

小さい声がいくつも重なる。オオカミやイノシシ、シャチや僕のような恐竜、小型の鳥やネズミ、深海の小魚や貝。どれかの化石が喋っている。この博物館の化石フロアでは、多種多様な化石が展示されている。夜、人がいなくなると毎日雑談で盛り上がるのだ。仲間が多すぎて、誰が喋ってるのか分からない時も多いけど、楽しい。化石の夜会だ。

「今日も全身を穴が開くほど見つめられて、ちょっと気まずかったわ。骨むき出しの化石になっても、やっぱり恥ずかしい」

僕の全身の骨がびりびりと振動する。重低音の声。これは、シロナガスクジラの化石の声。フロアの上に吊るされている、世界最大サイズの鯨の化石だ。ハスキーボイスの乙女だ。僕も顎の骨をわずかに振動させて、お喋りしてみる。

「シロナガスクジラさんは、吊るされてて目立つから、やっぱり特に注目浴びちゃうよね。でも、人間をあれだけ感動させられるって、すごいことだよ」

うんうん、と同意する声が重なって聞こえる。

「そうそう。ここに来る人間たちは面白いよな。驚いて、感動して、驚いてって繰り返すんだ。そういえば今日、僕の目の前にいた人間たちがさ、ここの化石たちは統一感がなくって最高だって言ってたんだ。見た目は大体同じな人間も、カオスな状況を好むんだな。面白い」

この声は大きな二枚貝、カラス貝の化石だ。ケイ素という成分を吸収して、身体の一部がオパールという宝石になっているらしい。この前、自慢していた。

「ここに来る人間は確かに、皆同じような格好しておる。でも、人間にも種類がたくさんあるのじゃ。外の人間の世界では、ワシたちのようにバラエティに富んだ姿をしているのじゃよ」

しわがれた声が響くと、フロア中が静かになった。最年長のウミユリの化石だ。博物館が建てられる前から館長に保管されていて、人間に関する知識が豊富だ。ここの化石たちから尊敬されている。

「ワシは5億年前、この地球の海底で生まれた。自らの姿など知らずに、岩にへばり付き、無数の手を海中に漂わせて、プランクトンを食べて生きていた。命尽きて化石となり、館長に大切に扱われて再び魂を宿した時、私と同じ姿の子孫が、赤い大輪の花のような見た目なのだと知った。そして、化石となった私の姿は、小さな緑色の星のような姿だとも」

ウミユリの化石の声を聞いていると、落ち着く。他の化石たちも、きっとそうだろう。そういえば昨日、館長がお客さんにウミユリの化石の別名を教えていた。妖精が使うお金、らしい。人間は、やっぱり面白い。

「ワシのように、時の経過によっても姿形が変わるのじゃ。人間を含めた、全ての生き物がそうなのじゃ。全く同じものは存在しない。常に何もかもが変化している。これは、真理じゃ。だから人間は、ワシたちの統一感の無さに惹かれるのかもしれぬな」

眠くなってきた頃、扉の外から物音がした。あ、やばい。人が来る。僕たちは一斉に無口な化石に戻った。

扉が開くと、焦った様子の館長が入ってきた。職員専用の部屋に飛び込むと、ガサガサと音を立てて何か探している。やっと音が止んで、鼻歌を歌っている館長が部屋から出てきた。忘れ物を見つけたようだ。

フロアの扉を開けて、振り向いた館長は僕たちを眺めた。にやりと笑って、扉を静かに閉めた。

再びの静寂。今夜のお喋りは終わりのようだ。皆、黙ったまま眠りに落ちていく。僕も眠ろうと思ったけど、館長がさっき見せた笑顔が気になって眠れない。

もしかして、バレてる？