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「アイスコーヒーの温かい記憶」
高校一生の頃、初めてアルバイトをした。
私の地元は結構な田舎なので当時アルバイトができる場所は
そんなになかったような気がする。
しかし、どうしても経験してみたかった私は、高校一年生の夏休みに
とうとうバイトなるものをやってみることにした。
バイト先が決まった時は緊張とワクワクで興奮していた。
バイト代が入ったら何を買おうかな〜なんて
まだ給料ももらってない段階からずっと考えていた(笑)
若いなぁ私。
そのバイト先というのは、父が勤めている会社の近くのお菓子屋さん。
和菓子に洋菓子に、その他にも甘いものなら色々と売っている
いわゆる田舎のお菓子屋さんだった。
カフェのような食べるスペースはなく、持ち帰りが基本の小さなお店。
私は高校一年生の夏休み期間の二週間を
ここでのバイトに費やすことになった。
初めてのバイト。
勤務時間はとても長く感じた。
たしか朝九時〜夕方五時までだった気がする。
朝は父と一緒に車で出勤、帰りは私の方が終わるのが少し早かったので
お店からすぐ近くの父の会社まで行き、車で待つという感じだった。
夏なので気温も高く暑いため
近くにあるお店で待ったりすることもあった。
そして父も会社が終われば一緒に帰るという流れの生活を
このバイトの期間は続けていた。
そのバイトでは、他にも同じ日に一緒に入った人がいた。
高校は違ったが、歳が一つ上の優しい女性だった。
お昼休憩は大体一緒だったので、お互い色んなことを話したり
仕事で分からない所の作業内容を確認したりしていた。
その時間はとても楽しくて本当にいい思い出だ。
初めてのバイトということもあり私は毎日緊張していたので
その先輩のお陰で頑張れた気がする。
ある日バイトで、配達に行くよう頼まれた。
あるお宅に和菓子の詰め合わせセットを持っていくようにとのことだった。
自転車で行けば距離としてはそこまで遠くないのだが
ついでに他の事もと、あちこちに用事を頼まれた。
外は真夏。とにかく暑い。
少し外に出ただけでも汗が流れ出る、そんな暑い夏の日だった。
お店専用の自転車に乗り、いざ配達へ出発。
コースを考えた末、お菓子の詰め合わせをお届けするお宅には
最後に回る事にした。
頼まれた用事を済ませ、最後に残ったそのお宅へ向かう。
その頃にはもう私は汗でびしょびしょになっており
ハンカチで拭いながら向かっていた。
配達先のお宅に到着。
ご年配の女性が出てきて対応してくれたのだが、私を見るなり
「こんな暑い中ありがとう。ごめんなさいね急に頼んじゃって。」
と頻りに謝っていた。
もしかすると、私の乱れ具合が余程酷かったのだろうか。
大丈夫です大丈夫ですと伝え配達を済ませて帰ろうとすると
突然呼び止められた。
「待って。戻る前にちょっと冷たいの飲んでいってちょうだい。」
と言われた。
しかし初めてのバイトでルールなどもよく分からない私は
どうしていいか分からず、少し戸惑っていた。
配達先で出されたものを飲んで少し休憩する事が果たして
いいのかダメなのか…
けれど断るのもお客さんに悪い気がするし、と悩んでいたら
その女性の方が気持ちを察してくれたのか
私のバイト先のお店に電話をかけ了承をもらってくれたのだ。
なんと優しい人だろう。
そこまでしていただいたのでもちろん断ることはずもなく
そのお宅にお邪魔させていただくことにした。
そして私はここで冷たい飲み物をご馳走してもらうことになる。
なんとも田舎らしいやりとりだ。
座って待っていると
氷の入った冷たい飲み物が運ばれてきた。
そこで私は「あ」と声を出してしまった。
それは、私の苦手な
アイスコーヒーだった。
声を出してしまったので、その女性の方も「どうしたの?」
と反応していたが「いえいえ」とだけ言って
私はそのアイスコーヒーをじっと見つめていた。
私の目の前には、私の苦手なアイスコーヒー。
氷が入っていてとても冷たそうにしている。
今の私にはぴっっったりなはず……はず、なのだが…
何度見ても、それは私の苦手なアイスコーヒー。
間違いない。
じっと見つめていると
「暑いから、さぁどうぞどうぞ。」と優しいお言葉。
でもその言葉で私はさらに汗が出る。
「どうしよう…苦手だけどこの状況で飲めないなんて絶対言えない…」
そういえば、ミルクや砂糖なんかもない。
忘れたのだろうか?
それともこのおもてなしにそれは求め過ぎなのか。
それとも何も入れないで飲むのが普通なのだろうか。
普段絶対に飲まない私にとってそれは考えても
全くわからない世界だった。
頭の中でぐるぐると色んな思いが巡っていたが
そのうちこの時間が耐えられなくなった私は意を決して
冷えに冷えたアイスコーヒーを手に取り
ぐびーっと一気飲みしたのだった。
「うぅ…苦い。冷たい。でも美味しくない。気持ち悪い。」
失礼な話だが、こんな気持ちで飲んでいた。
一気飲みした理由は、一気にいかないともはや無理そうだったからだ。
残すなんてとんでもなく悪い気がしてできなかったから
「とにかく飲まなければ」と必死だった。
そしてコップを置いた私は震える声で
「ぁりがとぅございまず…うぅ」と言った。
それを見てにこにこしていたその女性は急に何かを閃いたのか
すっといなくなってからすぐに戻ってきた。
ん…?まさかっっっ‼︎‼︎
そのまさかだった。
まさかの二杯目のアイスコーヒーが出てきたのだ。
うそでしょ~。うそでしょ~。
そんなことある?
どうやら私がした一気飲みは
余程美味しかったのだな、と勘違いされたらしい。
考えてみるとたしかにそうかもしれない。
真夏の凄まじく暑い日。汗だくな姿。
時間は夕方、一日の仕事終わり間近で疲れている。
そこにきての一気飲みだ。
うん。状況が整い過ぎていた。
目の前には二杯目のアイスコーヒー。
私の苦手なアイスコーヒー。
二杯目だからという慣れは一切ない。
先程と同じくミルクと砂糖はない。
この状況は夢なのか?
少し時間を置いた私は静かにまた
一気飲みをしたのだった…。
「お邪魔してしまってすみませんでした。
アイスコーヒーご馳走様でした。ありがとうございました。」
その女性はまた来てね~と笑顔で手を振っていた。
それに対し会釈をする私。
そして自転車でバイト先へと帰って行った。
「そっか~大変だったね。あたしアイスコーヒー好きだから
なんなら変わりたかったよ~。」
同じ日に一緒に入ったバイトの人が言った。
そのお宅からの帰り道は水分でがぽがぽのお腹と気持ち悪さによって
自転車をよろよろこぎながら帰った記憶しかない。
あんなにかいていた汗も、もはや気にならなくなっていた。
そしてあれからもう20年近くが経つ。
あの時はコーヒーの美味しさが全くわからなかった私も
今では美味しく飲んでいるわけで…。
なんとまぁ私も大人になったものである。
ただしブラックは苦手なので少し甘いのが希望だ。
でもその苦いアイスコーヒーの記憶の中には
初めてバイトを頑張ったことや
バイト先の仲間との会話や楽しかったこと
人の優しさや温かさなど
色んなものが溶け込んでいた。
あの時のアイスコーヒーはとても苦かったけれど
私はあの人の優しさを忘れたりはしなかった。
アイスコーヒーを見る度に思い出すくらいに
私の中に染み込んでいる。
アイスコーヒーの苦みと、楽しさと優しさの甘み。
私には両方の思い出がある。
苦みと甘み両方って、なんとも贅沢だ。
これからもアイスコーヒーを見る度に
この記憶を思い出すのだろう。
私のアイスコーヒーは苦くて温かかった。
そんな夏の記憶。
ではまた。
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