交渉術 サイドストーリー その1
(武井青は仕事を通じて交渉術を学んでいきます。恋人の里川美優は、高校時代からの友人の佐田彩乃から相談を受けます)
前回まで
里川美優は高校時代の友人・佐田彩乃とカフェでランチを楽しんでいた。
そこへ、彩乃の音楽学校の生徒、樹と、その母親である石田紗希子が偶然現れる。
美優の恋人・武井青の話題が出ると、紗希子が彼の職場の上司であることがわかり、驚きつつも打ち解けた3人は、和やかに時間を過ごす。武井青の知らないところで、人々が繋がり始めていた。
「小さなシールの大きな効果」
里川美優はいつものカフェで彩乃を待っていた。しばらくすると、品の良いアイボリーのコートを纏った彩乃が入ってきた。
美優を見つけるや否や、明るい笑顔で手を振った。
いつもの会話が続く。
そんな流れで、彩乃がふと困った表情で話し始めた。
彼女は音楽教室の講師をしているが、最近教室に通い始めた生徒のことで悩んでいるという。
「教室に通ってる5歳の女の子なんだけどね、人懐っこくて、とても可愛いんだけど … とにかく遅刻や無断欠席が多くて。
お母さんにも相談してるんだけど、善処するとは言ってくれるけど、あまり変わらなくて……」
彩乃が話すには、その子は演奏にはとても前向きで、音楽が嫌いというわけではないらしい。教室に無理やり生かされているわけではなく、生来の性格がのんびりしていて、いざ出発の時間になっても、準備をせず、お母さんに言われてもひたすらおもちゃをいじって、その流れで遅れてしまうのが常のようだ。
「どうしたらいいのかな……注意ばかりするのも可哀想だし、でもこのままだと教室の他の子にも迷惑がかかるし……」
美優は彩乃の悩みに共感しつつ、何か助けになれないかと考えた。
数日後、彼女は偶然、武井青にその話をする機会があった。
「音楽教室の先生も大変だね」と青は言い、さらに続けた。
「その子は遅刻する理由が『教室が嫌い』ではなく、時間の管理が難しいだけなんだね。それなら、『行動を改善する仕組み』を作ってあげればいいと思う。」
「『行動改善』って、小難しい話はやめてね。相手は子供よ。」
青が提案したのは、「行動を褒めて報酬を与える」という方法だった。
具体的には、遅刻しなかった日には、例えば、「その子が好きなキャラクターのシールをプレゼントする」というものだ。
「シールなんて、安いものだし、教室に提案すれば経費で出してくれるかもしれない。小さなご褒美で子どものモチベーションを上げるのは、こういう場面では効果的だよ。」
「確か、キティちゃんが大好きだって聞いた」
「そういうのがあるなら、てきめんだね」
美優は早速そのアイデアを彩乃に伝えた。
彩乃も、「試してみる価値はあるかも」と思い、実際に教室の方に提案し、シールを準備した。
数週間後、美優のもとに彩乃からのメッセージが届いた。
「美優、ありがとう!あのシールのアイデア、本当に効果が出てきた!
遅刻が減ってきて、最近はほとんど時間通りに来てる。シールをもらうのが楽しみで、『次はどんなシール?』って聞いてくるよ!」
さらに、彩乃はこう続けた。
「10枚集めたら特別なシールをあげるって約束したら『あと何枚?』って毎回聞いてきて。少しずつだけど教室に来るのが生活の一部になりつつある気がする。」
メッセージを読んで、美優は心の中でガッツポーズをした。「青のアイデア、すごい……!」と感心しつつ、また新たな日常の小さな喜びに貢献できたことを嬉しく思った。
美優は「行動を変える工夫」の面白さを知り、同時に、心温まる思いをしていた。
交渉術視点での解説
幼児にとって、目に見える短期的な報酬やポジティブなフィードバックは行動を改善する大きな動機付けになります。音楽教室のルールを守ることが「楽しい」「うれしい」と感じられる仕組みを作ることで、生徒の行動を促進することができます。
提案する対策のポイント
1. ポジティブなインセンティブ
時間通りに来ることで得られる「特典」を設けると、幼児が自然と行動を改善しやすくなります。
具体例: 「時間通りに教室に来た日は、レッスンの最後に可愛いシールをあげます。」
→ 子どもは集めることに楽しさを感じ、達成感を得られるため、行動を継続しやすくなります。
2. 達成感を育てるシステム
時間通りに来ることが習慣化するよう、シールやスタンプを集める「ゴール」を設定します。
具体例: 「10枚シールを集めたら、特別なシールをプレゼント!」
→ ゴールが具体的で楽しいと、子どもはモチベーションを保ちやすくなります。
注意点
一貫性を保つ: シールなどの報酬は忘れずに毎回渡し、ルールを守ることの重要性を継続して伝えます。
ポジティブ強化のみに焦点を当てる: 叱責やペナルティは避け、良い行動を褒める方針で進めましょう。
期待される効果
子どもが時間通りに来る習慣ができ、講師や他の生徒への迷惑が減少する。
保護者も、子どもが楽しみながらルールを守る姿に安心感を持つ。
音楽教室全体の雰囲気が明るくなり、満足度が向上する。
報酬に伴う行動変容は、大人も子供も、基本的には変わりませんね。
強制ではなく、より自然に自発的行動を促すことは、子供にも、ビジネスにも、共通して使える仕組みです。