お家からすっと、物語の旅へ (ミナトホテルの裏庭には/寺地はるな)

「水を縫う」で有名な寺地はるなさんの作品。

寺地さんの作品は、現実と物語の境界線が曖昧で、だからこそ心だけが少し旅に出ているような感覚になる。
自分の生活からすっと抜けて、気付いたら物語の世界へ運んでくれる。
強烈な感動や面白さで読み終わった後にもぬけの殻になってしまうような作品も魅力的だけど、生活の一部になってくれるような本は、あったかい紅茶を飲んでいる時のような安心感がある。

物語の舞台であるミナトホテルは、疲れている人や訳ありの人、どこにもいく場所がない人が逃げてこれる居場所として開かれているホテル。
そこのオーナーであった方の願いを叶えようと、色々な人が巻き込まれながら物語が進んでいく。日常が丁寧に描かれていて、とても読みやすく引き込まれる一方で、温かい雰囲気の中に気付きを得られる言葉も多く、読み終わった後に、良い本に出会えたと嬉しくなる一冊。

その中でも特に胸に残った言葉たちをごしょうかい。


働くのは、食うためだ。食うのは、生きるためだ。生きるための仕事で、死ぬな。
(単行本 ミナトホテルの裏庭には p185)

「食うために働く」と言う言葉は、それを聞くと、どんな辛いことも受け入れなければならない、歯を食いしばって頑張らなければならない、と耐えられない自分を責める方向に考えてしまう、呪いのような言葉だと思っています。
本の中でこの言葉に出会った時、それが少し救われたように感じました。
そうだ、私たちは生きるために食っているのだ。
”生きる”という一番大事なテーマを、忘れてはいけない。


その程度のことでそんなに落ちこむのはおかしいとか、いつまでも引きづるのはおかしいとか、そうやって他人のつらさの度合いを他人を決めることこそおかしい、なんの権利があって他人のつらさを判定しているのだ、君はあれか、つらさ判定人か
(単行本 ミナトホテルの裏庭には p124)

おっしゃる通りです。
でも、分かってはいるけど、気付いたらつらさ判定人になってしまっている時ってありますよね。。。
経験したことがない辛さであれば、自分には分からないけど相手にとっては辛いのだろう、と一旦距離を置ける部分があるかもしれませんが、自分が経験したことがあると、その程度なら大丈夫でしょ、とか、私だったらこうしたよ!とどんどんアドバイスをしてしまったり。
辛い相手への対応って、おそらく状況やその人との関係性によって大きく変わってくるので正解はないと思うんですが、それぞれが違う個体であり、自分の正義を振りかざさないように気をつけたい。


女をバカにしながら女に支えられて暮らすというのはどういう気分なのだろう
(単行本 ミナトホテルの裏庭には p45-46)

これは読んだ時に、本当そうだよね〜〜!!!とスッキリした一言。
これは、女のことを見下しながら、自分は妻にお弁当を作ってもらったり、妻にアイロンをかけてもらったシャツを着て出勤している先輩のことを見て、主人公が心の中で呟く一言なのですが、こういう腹が立った相手に対してモヤモヤを抱えているときに、その気持ちをハッキリと言葉で表現できるとすごくスッキリしませんか。
相手に言葉をぶつけられないとしても、自分の心の中にある腹立たしさや納得できない部分を言語化できると、それだけで十分、自分の気持ちが落ち着くのだなと思いました。個人的にとてもお気に入りな一言。


体調が崩れやすかったりあまり調子が出ない時でも、家の中で旅に連れてってくれる一冊。雨で外に出られない梅雨、お家で温かい紅茶とぜひ。

※文頭は単行本、文末は文庫のリンクです。


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