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【仏閣/史跡巡り】大乗寺・安城城址本丸跡(愛知県安城市)


はじめに

前回の記事で「織田信秀公が三河侵攻の拠点に安城城をーー」と記載した。
今回はその安城城址を先日に訪れた記録に触れたいと思う。

かつて、松平郷(現・豊田市松平町)に居住した松平親氏の孫にあたる松平信光が安城城を奪取し、家康公の祖父・清康公が安城松平家4代目となられた。
そのような由緒のある城(城址)だ。

今回の訪問地

先ずは、大乗寺の場所を以下の通りにお示しする。

水色:公共交通機関など 緑:大乗寺含む、安城市歴史公園
JR「安城駅」、名鉄西尾線「南安城駅」から徒歩圏内だ
画像出典元:Googleマップ

安城市歴史公園(安城城址)

駐車場近くに以下の案内図。

非常に助かる
因みに、駐車場はナビがないと少々迷う

涼しげな水辺に沿ってしばし歩く。

メダカが泳いでいた
極めて自然に近い状態かーー

また別の案内板。

旧・安城城の全貌がわかりやすい

大乗寺(安城城址・本丸跡地)

駐車場からしばし歩くと、道沿いに石柱。
※この日はなんらかの工事中。依って、仏閣にまっすぐには進めず

この道をしばしまっすぐ
とても立派
安祥城址と刻まれている石柱
石柱で休むアブラゼミ……

厳かな日本建築と緑に思わず見惚れる。

山門1

曇りのはずがいつの間にか晴。(非常に暑かった)

山門2
山門3
厳かなディテールにも見惚れる
詳細に説明してくださる案内板@安城市教育委員会様
山門4
先祖は清康公の時代に安城城近くの姫小川に住まい、清康公に従った(らしい)
色々な感情が心を行き交う

一礼して境内へ。

本殿に向かって左に供養塔
安城城主に仕えた英霊を供養する塔かーー
本殿1
本殿2
本殿3
松と燈篭に日本建築
粋だ

本殿に向かって左奥にお地蔵様。

どのようなお地蔵様か判らず
ただ、大変丁寧にお祀りされていることはよく判る

参拝し終え、山門を振り返る。

樹齢何年だろうか。圧巻

山門の瓦にも葵の御紋

非常に厳か、かつ、優美な寺院だった。

本多忠高墓碑

大乗寺内に本多忠勝公の父君・本多忠高公の墓碑があった。

弟君・本多忠真公の居城は欠古城(といわれている)
何かしらの縁を感じ、合掌

善恵坊の碑

駐車場から大乗寺に向かう途中にヒッソリと佇む碑を見つけた。

安祥村の法師とあるが、僧兵だろうか。
自分が住まう土地を守るための戦いだったのか、ただただ合掌。

七つ井 -風呂井ー

古の安城・北西の丘陵地に良質の水が出たとのこと
「七つ井」として呼ばれているーー現在は石碑のみ
参照元:『歴史散歩道』~安祥城址と古戦場めぐり~ 安城市教育委員会発行
水を人工的に循環させていると思われる

今回のまとめ

かれこれ先祖の歴史と向き合い1年半強。
実社会で歴史を変えたくない方々と対立し1年強。

どうしても辛くなることがある。
しかし、このようにしっかりと歴史が遺っている場所に訪れると「このままでは終われない」という気概になる。

前を向く力を分けてくださる古の方々、その歴史を遺してくださった方々、また、このアカウントの記事を読んでくださる方々に感謝の気持ちしかない。

今の私にとって、歴史ある場所を巡ることは偽りない癒しだ。


最終改定: 令和 年 月 日( 回目)
※後に読み返した際に変更があれば、改定日を修正いたします

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【参考文献】

『新編 安城市史1 通史編 原始・古代・中世』 
『歴史散歩道』~安祥城址と古戦場めぐり~ 安城市教育委員会発行
(リーフレット)
https://www.city.anjo.aichi.jp/shisei/shisetsu/kyoikushisetsu/maibun-sanpomichi.html

【参考サイト】
安城観光協会HP;https://kanko.anjo-tanabata.jp/
【画像出典元

Googleマップ





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