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夢のエンディングを書き換える

悪い夢をみたあとは、だいたいいつもと違う汗をかいている。枕元のスマホをつけると夜中の三時前だった。二時間近くは眠っていたみたいだ。LINEの通知がきている。アプリを開きスタンプを確認し、わたしも送る。よい意味で、このような時間に返事をしても大丈夫な相手。送られたスタンプのキャラクターのほのぼのした表情に安堵を得ようとする。

悪い夢をみた。この夢をみたときは、眠りながら泣いているのか目覚めたら目が腫れぼったい、ということがままある。この日もそうだった。涙の塩分がかゆかったのか、知らないうちに目まわりが荒れている。まぶたを開こうとすると、重く引きつられるような違和感がある。暗闇のなか、鏡を見なくてもその角層の変化は指先で感じられるのだった。

悪い夢をみた。この類の夢は長い間み続けている。だいたいいつも同じストーリーで、夢の中のわたしは十二歳から十三歳という設定だ。夢では、同じ場所で同じことが繰り返されている。夢には毎回同じ人物が出てくるのだが、その人の表情はそのときどきで変化しているような気がする。夢の中でも現実でも、その人の顔はもう直視したくない。

目が覚めた夜中、ああ、とも、うう、ともつかない声の混じったため息のようなものをつきながら、わたしは布団の上に座り込む。暑い。眠る直前にクーラーを消した部屋の中で、これからどうしようか途方に暮れた。まだ、もう少しは眠らないと。世の中の多くの人同様、あした、というかきょう、も仕事なのだった。眠らないと、休まないと。そう思えば思うほど、強烈な夢の気持ち悪さが脳みそを刺激するのだった。やめろ、眠ったらまた同じことが起きるぞ、って。

わたしはそのまま途方に暮れる。横になったり、また起き上がったり、タオルを頭からかぶってみたり、意味のない行動を繰り返すことで気がまぎれることを期待した。暗い中でも時間は過ぎていくのだろう。それが、そのときのわたしにとって歓迎すべきことなのか残念がることなのかわからなかった。ベッドのふちに一緒に寝ているぬいぐるみが見える。名前を呼ぼうとしても声が出なかった。こういうときにどうして話しかけてくれないの。こういうときが肝心なのに。ぬいぐるみはわたしに背中を向けて、すうすうと寝息をたてて健やかに眠っていた。ように、わたしには見えた。

何もない時間が流れる。何もない、と感じられることは大事なことじゃないか、とあとになってこれを書きながら振り返る。何もない、とそのときのわたしは感じたのだろうか。ただ時間を過ごすこと、過ぎ去っていくのを願うことだけで精一杯だったから、よく覚えていないけれど。

眠ったり起きたりしながら朝が来た。朝が来ることは喜ばしいことなのか。明けない夜がないと感じるのはいまのわたしにとってどのようなものかよくわからない。
日が昇っても、夢のシーンはちらちらと存在を見せつけてくるのだった。断片的ではあるもののそれだけで十分すぎるほどの存在感で、直視したくないがためにやたらに食べたり飲んだりしてしまう。迎え酒みたいな? 胃を悪くしているときに限ってマクドナルドのポテトとか食べてしまうことがあるけど、そういう感じ。

☆☆☆

「そのシリーズの夢のエンディングを書き換えましょう」
カウンセラーはそう言葉をくれた。
「夢のエンディングの書き換えをして、無力感を削っていくのです」
目覚めてから何時間、何十時間と悪い夢に苛まれるというのは、夢で自分が無力さを感じさせられているからだ、というのだ。エネルギーを奪い、無力感に覆われる夢というのが悪夢だと言い換えることもできる。
「たとえば、相手に追い詰められてやられてしまう夢なら、その部屋から逃げ出すことができる、とか、誰かの助けを呼んでその場から助け出してもらうとか、そんなエンディングに書き換えるのです」
夢の中で法的措置を取るとか、来てほしいと思う相手に登場してもらうとか、そのようなこともできますよ。わたしはカウンセラーの言葉を何度も脳内で繰り返した。

本当はその夢を思い出すだけで虫唾が走る思いなのだが、そういう作業もあるのかと思うと、夢を害虫のように叩きのめすとか、視界から抹殺するということだけが心身を護る方法ではないのかもしれない。むしろ、いったん向き合わないとその夢はいつまでも形を変えずにつきまとう。
イメージの作業だけれど、イメージには何度も助けられてきた。わたし以外の誰にも信じられないものが、わたしにだって目に見えないものが大事なこともある。そう信じるしかないこともあるけれど、目に見えないものを信じられたら強い。
そんなこと言ったってよ、と絶望する自分もいるけど。そんな自分とも仲良くしながら作業をしてみる。彼女に、そんなこと言ったってさあ、と言われたら何て返そう。彼女はきっと、健康とか美容とか考えずにポテトを食べる自分。言葉でなだめるのは効かないかも。マック寄って帰る。


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