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日記#25教える事、学ぶ事、柔軟な心。
前回のnoteでコンビニでの新人らしきスタッフの様子を記事にした。
読んで頂けると嬉しいです。
昔自分も夢に向かって頑張っていて、とても緊張しながら取り組んでいた事を思い出した。
私は10歳になった頃、モダンバレエのレッスンに通い始めた。その後、随分と時間がかかったが約2年程モダンバレエの先生として過ごした20歳頃の宝物のようなキラキラとした過去がある。
子供の頃体育の時間が好きで、短距離走、マット運動、水泳が特に好きだった。
そして当時ピンクレディーが流行し、クラス全員の女子が、お姉ちゃんと一緒に覚えたというちょっとおませな子から振り付けを教えてもらって楽しんでいた記憶がある。
踊る事が楽しいと知ったのはこの頃かもしれない。
習い始めたモダンバレエのレッスンで使われていた曲は、全く聞いた事の無い洋楽。
スティービーワンダー、ビートルズ、ポインターシスターズ、イーグルス、デビットボウイ、マイケルジャクソン、ザ.ナック、ステッペンウルフ、コメッツなどなど。
今でも大切な思い出の曲となっている。今でこそ理解できるが未知の世界だった。
そして年に1度の発表会、公演などでは大きなコンサートホールの舞台に立っていた。
20歳迄の間、怪我や受験で不参加の時期もあるが大きなホールのあの煌びやかな舞台は忘れられない。
本当に私の宝物の時間。
10歳の頃から毎年、化粧、付け睫をして衣装をつけ、緊張と高揚感の中スポットライトを浴びて踊り、拍手を受ける。その瞬間輝やいていられるかそれが大切なんだと学ばせてもらった。
高校を卒業し、短大生になった頃同期がアルバイトで支部教室の子供達を教える事になったと聞いてむちゃくちゃ羨ましかった。なぜなら私は小学校六年生の卒業アルバムに将来の夢としてモダンバレエの先生になりたいと書いていた程憧れがあったから。
彼女は受験の頃も休まずレッスンに通い次第にトップの踊り手になっていった。彼女にコンプレックスを感じながらずっと背中を追いかけていた。
本当に戦う必要があったのは自分自身だったのだが当時私には分からなかった。
高校2年生の冬、体育授業中バスケットのパスで体重移動をしただけなのに足を骨折し長い期間踊れなかった。
その後復帰したがブランクは大きく、レッスンで皆が出来る事ができなかった。当たり前といえば当たり前なのだが。
骨折が完治して元気になると週5でレッスンに通う日々。楽しくて楽しくて。
寝ても覚めても家でも、ずっとずっと踊っていた。
学校の勉強そっちのけで。
留年こそしなかったが。
そんな毎日。進路を考えた。
無理なく入れそうな短大を受験し、合格し短大生になった。
毎日毎日短大の授業は大変で月から土までみっちり4時間授業だったがそちらも興味深い授業だったので欠かさず受けた。
そして夕方5時からはレッスン場へ。
6時から1時間30分のレッスンを受け、更に7時30分から9時迄の計2レッスンをほぼ毎日受けた。
終わってからも振り付けのおさらいを皆でやってから帰る。帰宅はいつも10時過ぎ。楽しかったなぁ。
無我夢中で日々過ごしていた。
年2回ある昇級試験を毎回受けやっとレッスン料金免除対象になる"助手"に合格する事が出来た。しかしまだまだ他の助手の方々より随分レベルは劣っていると感じていた。
でも楽しくて楽しくて、更に毎日毎日レッスンに通っていたらある日「子供のクラスのレッスン教えるのを手伝ってみないか」と夢だった指導者への道を提示してもらった。
嬉しかったが自信がなかった。
技術も無いことは常々感じていた事だったし、嬉しかったのに躊躇した。
ゆっくり考えてみる。
夢だったからこそ考えた。
私は踊る事が好きだった。
好きで好きでたまらない。
なぜ好きなのだろう。
振り付けを覚え、音に合わせて感情を乗せながら踊れた時の解放感、達成感。
その感情の表現方法を"教える"のではなく"伝える"事なら出来るのかもしれないと考えた。
色々なステップや柔軟、筋トレ、ピルエットやターンなどの技術を伝える事なら出来るはず。
私の今まで知り得た全てを伝えたいと思う気持ちが不安をはね退けた。
夢だったモダンバレエの先生になった。
子供達のレッスンが始まった。子供達から"先生"と呼ばれるとくすぐったかった。嬉しかったし、可愛いかった。
緊張もした。
声が震え、小さな声しか出なかったり、準備していた振り付けを忘れてしまう事もあった。
次第に、先生らしくなっていったのだろうか。有難い事に生徒さんが友達を連れてきて教える人数も次第に増えていった。
舞台でも。私が考えた振り付けで子供達が舞台に立ち、スポットライトを浴びて踊っている。舞台に立つ子供達を見てとても嬉しかった事を今でも懐かしく思い出す。
先生と呼ばれる様になってから僅か2年で、私の夢は覚めてしまったけれど。
足を痛め、モダンバレエをやめることになってしまう。
それまで夢のような時間だった。
幸せな時間だった。
でも、全て無駄な事は無い。
デイサービスの職員になってからはイベントがある度に振り付けを考え、衣装を選びスタッフと踊りまくっていた。
芸は身を助ける!
楽しかったよと、利用者様も毎回喜んで下さり、またみせてね~とキラキラとした瞳で声を掛けてくれた…それも良い思い出。
教育とは先人達の知識や知恵、体験を伝える事なのだと思う。
そしてそれを受け取る柔軟な心が必要ではないのかと。
人生一生勉強、教わる事ばかり。
まだまだ新しく教わって新しい知識を得る機会があると思う。
心を柔軟にして受け取りたいと思っている。未来の先生よろしくお願いします。
新しい学び。
わくわくする。
まずは柔軟な心を育てよう
そして誰もが、最初は緊張から始まり、次第にベテランになっていく事を、忘れてはいけないと思っている。
読んで下さってありがとうございます
今日も明日も良いことがありますように(チューリップ)
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