つぶやきこばなし:まどろっこしさは「丁寧さ」〜安心感を生むコミュニケーションとは?〜
こんにちは。あゆみです。
前回のつぶやきこばなしを執筆中「繊細な内容を端的にまとめるのは難しいなぁ・・・」と感じまして、一筋縄ではいかないコミュニケーションのあれこれをお話したくなりました。
▼きちんと説明したくて、約16000字になりました。
▼まだのかたは初めにご覧くださいね。
長いと読むのが大変だけど、短いと言いたいことが正確に伝わらない。
私のコミュニケーションは圧倒的に前者のパターンで、言葉を発する前には頭の中で「文字」が行列を作ります。
そのため、特に集団になると思うように発言できないまま「話題の電車」に乗り遅れて、あぁぁ・・・と見送ることが多いです。でも、環状線のようにぐるぐると話が巡回しているから、そのうちチャンスが来たら飛び乗ればいいやと、半分諦める日々を送ってきました。(本当は内心、くやしいのですがね)
30数年の人生のなかで何本もの電車を見送りながら、しみじみと感じたことがあります。今回は、そのお話をさせてください。
「わかりやすさ」が誤解をうむわけ
日々の生活で「1から10までしっかりと、伝わるまで伝える」ことって、なかなか難しいですよね。反対に、わかるまでとことん聴く機会も、あるようでそんなにない気がします。
毎日忙しいからこそ、「手短にお願いします」とか「早くして!」と言ったり、言われたりするんだろうな・・・と思うのですが、正直なところ、カメさんタイプにはなかなかハードモードな「ならわし」だなと感じます。
もちろん、時と場合と状況次第では、端的にビシッとまとめることも必要ですが、逆に言えば「そんなに焦らなくていい場面でも結果を急いでしまう」ことが当たり前になっていないだろうか?と、思わずにはいられません。
「便利で、早く、スマートに」
ウサギさん三拍子が求められる世の中ですが、カメさんにも物申したいことがあるのです。
▲正確に伝えようとした結果、ウルトラ級のボリュームになりました。ちょっぴり胸焼けを起こすかもしれません(笑)我こそは!と思う勇者は覗いてみてくださいね。
「シンプルに、わかりやすく伝える」
こちらはすでに多くの方々が注目しているスキルなので、私があえて何かを言うことはないと思います。そのため、回れ右して走ります。
こちらのスキルも同じくらい必要だと思っています。なぜでしょうか?
ずばり、ウサギさん方式で端的に言うならば「すれ違いコミュニケーションを防止するため」です!
まどろっこしさを省き、わかりやすさや正確さを追求することで、伝えたいことの「雰囲気」や「温度感」が届きづらくなることが考えられます。すると、「想定外の解釈をさせてしまう」ことや「あらぬ方向性で読み解いてしまう」ことが起こり得るのではないでしょうか。
「なんか、言いづらいことなんだけど、ぶっちゃけこう思う」を伝えたい場合、遠慮がちな表現をしたり、予防線を引いてみたりすることで、「あぁ・・・ね」と感じ取れる、あの感覚です。(伝われ~!)
また、すれ違いを防止するためには「伝え方のスキル」だけではなく、聴き手の「受け取り方」に委ねられている事実があることも、頭に入れておくことが大事です。
各々の心情や認知のフィルターによって何通りもの解釈ができてしまうからこそ、「えぇっ?どうしてそうなるのか!」という誤解が生じることもありますから、混沌とした状態になっても、なんら不思議ではありません。
▲認知をメガネに例えてお話してます。
こういったコミュニケーションの複雑さや難解さを想うほど、回りくどさと呼ばれがちな「丁寧さ」が、功を制することも多いはずだと思っています。
「スキルよりも情熱が大事!」という、昔ながらのドラマで見かけた熱血魂を呼び覚ませば、意外と、言いたいことが伝わるのかもしれないです。(個人的な意見です)
じっくりコトコト煮込んで、しみしみになった「おでん」が美味しいわけ
他者と理解し合うまでの道のりは、容易いことばかりではありません。
人間は否応なしに矛盾した感情を抱えていますし、加えて、まるで広大な宇宙のように知られざる「私」があちこちに潜んでいるのですから、自分の気持ちを正確に捉えることが難しいのは自然の摂理と言えるでしょう。さらに他者が絡んでくると、もっと「わからない」が増えるのは、言うまでもありません。
このように、それぞれが「無限の世界」を生きていますから、なかなかあっさりとはいかない現実がありますよね。
もしかしたら、「いやいやそんなことないよ?スムーズに意気投合して良い関係築けてますよ?」というかたがいるかもしれませんが・・・心底、うらやましい限りです。
たとえ、努力か才能か、はたまたラッキーによって恵まれた環境を手にしているあなた様であっても、「出会うすべての人と」ノンストレスで順調に、素晴らしい関係性を築けてます!という人は稀ではないですか?「いやいや、稀じゃないよ!」という人がいるならばお尋ねしたいです。前世でどれだけの徳を積んできたのですか。
マジメな話。人間関係が上手くいかずに思い悩み、泣く泣く傷つけ合ってしまう人たちで溢れかえる現実がありますから、やっぱり「簡単に分かり合えないほうが自然である」という前提にさせてください。
※あくまでも根底に愛が潜んでいる関係性でのお話をしていますので、そうではないと感じる場合は、各々に必要な対応をとってくださいね。周囲に助けを求めたり、専門機関に相談されることもご検討ください。
ここで、少し前のお話を振り返ります。
「そこまで焦る必要のないところで結果を急いでないですか?」と問いかけましたが、むしろ、ゆっくりじっくり時間をかけたほうが多くの実りをもたらすことは、たくさんあると思います。
もっと言うならば、「時間をかけないと得られないもの」だってあるということです。これが「たっぷり煮込んでしみしみになった『おでん』理論」です。
▲理解し合うためのとっかかりについて話してます。
「ゆっくりと時間をかけるから、言いたいことがきちんと伝わったり、わかりたい人をわかるための歩み寄りが出来る」のではないでしょうか。その結果として、強固な信頼関係が育まれていくのです。
だからもし、今、目の前の人となかなか分かり合えずに苦戦しているかたがいましたら、この言葉を贈りたいです。
時間が必要なことだって、たくさんあるはずです。なにかと急かされることが多いご時世ですが、時と場合とタイミングによって、地に足つけたマイペースさを貫くことも大切ではないでしょうか。
「シンプルで手短に、わかりやすく」がもてはやされている今。
「複雑さのなかにこそ、真実のカケラが潜んでいる」と心に留めておくのも、趣きがあると思いませんか。「いろんな人がいて、いろんな関係性を築くのって面白いね!」と、思える心の余裕を持ちたいものです。(余裕の作り方は「やさしさを育むために必要な4つのちから」をご参考になさってくださいね)
ウサギさんの瞬発力。カメさんの持久力。
何事もロングスパンで考えて、今できることに取り組んでいきたいですね。
一筋縄ではいかないからこそ、やりがいがある
すったもんだを繰り返す「面倒ごと」が、今よりもっと仲良くなるために欠かせない材料になる。そう思えたらこっちのものです。
たっぷり煮込んでしみしみになった「おでん」を作るには、自分を含めた「食べてくれる人の笑顔」を思い浮かべてお買い物に行き、大根やすじ肉を下ごしらえして、醬油やみりんなどでせっせとお出汁を準備しますよね。(材料はお好みでどうぞ!)
そしてなにより、私のことをしっかり理解してもらう姿勢や、あなたのことをたくさん理解したいと歩み寄る姿勢を持ち、じっくりと時間をかけて、ゆっくりと関係性を「煮込む」ことが大切です。
仲良くなりたい人ともっと仲良くなるために。
苦手な人とそれとなく付き合う術を得るために。
私やあなたが、安心して生きられるように。
ぐっとこらえて、たくさん想像して、ほんとのところを見つけて、やさしく受けとめ合えるちからを身につけることを、オススメします。
最後に・・・
これを、キャッチボールコミュニケーションと銘打ってホームページで説明しています。「4つのちから」と内容が被っていますが、興味のあるかたは覗いてみてくださいね。(16000字よりはコンパクトにまとまっているハズです・・・おそらく)
電車に乗り遅れても、大丈夫。
まどろっこしくても、大丈夫。
ご清聴、ありがとうございました😊
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