ロシア文学秘話:マヤコフスキーの後悔
ロシア革命が起こり人類初の社会主義国家ソビエトが誕生してから五年以上経った。革命の熱狂はすでに去り、政府が新しく始めたネップ政策などで経済は発展しつつあった。しかしそのネップ政策の恩恵を与かったのは特定の人間だけであり、全ての人民に富は生き渡らなかった。すべての人民に平等に富を分け与えるために革命を起こしたはずであったが、その革命の成熟の結果起こったのは新たな階級制の誕生であった。富める者はますます富、貧しきものはさらに貧しくなってゆく。それは革命に参加し理想を国家を築き上げんとした者たちにはとても耐えられない事であった。
ソビエト最大の詩人と言われるマヤコフスキーもまた今のソビエトの現状に憤慨していた。マヤコフスキーはロシア革命をこれは私の革命だと熱狂的に支持し革命のために奔走したりしたのだが、そんな彼はネップ政策に浮かれ革命の理想を忘れ去られようとしている人民を見てこのままだと革命が終わってしまうのではないかと危機感を持った。国民に再び革命の理想を思い出させるためにはどうしたらよいかマヤコフスキーは一晩じゅう考えた。そして彼は人民に革命を思い出させるためにはまず人民の頭を剃って永久脱毛するしかないと考えた。毛が生えると悪しき虫や不純物がたかり人はたちまちそれに誘惑されてしまう。ならば永久脱毛にしてそれらを寄せ付けないようにするしかない。だがそれを始めるた目には手本としてまず自分の頭を剃らなくてはならぬ。
猪突猛進、思い立ったら即実行のマヤコフスキーであった。彼はすぐさま床屋に行って頭を剃り、自分の部屋に帰ると帰り道のとっておきだよの怪しげな薬局で手に入れた脱毛剤を頭皮に向かってぶっかけたのであった。マヤコフスキーはテカテカに光った見事なスキンヘッドを見せつけて友人たちに会い、友人たちに革命のために頭を永久脱毛しろと説得したが、誰も彼を言葉を聞き入れなかった。しかしそれでもマヤコフスキーは頭皮が凍り付くような日でもスキンヘッドを晒して男女問わず革命のために永久脱毛しろと説得したのである。だがそれでも誰も説得に乗ってこなかったので段々マヤコフスキーは自分のしたことに疑問を感じ始めた。彼は毛が生えていないか毎朝必ず頭皮チェックしていたが、脱毛剤の効果は効き目があったようで彼の頭からは産毛さえ生えてこなかった。マヤコフスキーは元々イケメンでスキンヘッドでも十分にイケメンだったので彼は自分の頭の見事なテカリ具合を誇らしく思い同志たちに見せびらかしていた。彼は毎朝頭皮チェックをおこなう時自分に喝を入れた。お前は革命のために髪を殺したのだ。今更悔んだところで殺した神は戻ってこない。もう突き進むしかないのだ。このスキンヘッドが輝く革命の道へ。
だが、そうして何か月か革命スタイルの禿げ頭を晒して街を闊歩していたある時子供たちが彼の後頭部を指して「あのオッサン後頭部からほっそいチン毛みたいなの生やしとるで」と嘲笑ったのである。マヤコフスキーはそれを聞いて思わず後頭部に手を当てたしたらその通り指に毛らしきものの感触があったのである。彼は恐る恐る自分の触っていた毛を引き抜いてじっと毛を見たのであった。痛みもなく抜けた毛は細く陰毛のように縮れていた。マヤコフスキーは頭を抱えてその場にへたり込んだ。子供らはそのマヤコフスキーの周りを囲んでさらに囃し立てた。
「チン毛!チン毛!青梗菜!」
マヤコフスキーはたまらずその場を逃げ出した。ああ!人民に革命を思い出させるために脱毛したのにこれでは革命どころかただの笑い物ではないか!マヤコフスキーは家に帰って改めて鏡で自分の頭を確認した。そしてゾッとした。チン毛みたいな毛が生えていたのは後頭部だけではなかった。なんと耳の周りにも同じように縮んだ毛が生えていたのだった。だが頭の生え際からてっぺんには相変わらず産毛すら生えていないツルツル頭であった。これではもうただのハゲと変わらないではないか!
この惨状を見てマヤコフスキーは急に自分のしでかした事を後悔し始めた。勢いでスキンヘッドにして永久脱に毛が生えてこないと勧められた脱毛剤を頭に振りかけたのだが、結局脱毛剤は永久脱毛ではなく最悪の意味で中途半端な偽物であった。しかしマヤコフスキーはこれも毎日生え際を剃っていれば解決する問題だと考えて自分を慰めようとした。だがそれは彼の革命の理想に反する反革命的な行為であった。毎日毎日この惨めったらしいチン毛を処理して一生を送れってか!朝起きて一夜を過ごした女が俺のハゲヅラのチン毛を見てしまったらどうする!イケメンの革命詩人としての俺は終わりだ!俺はすぼんじゃなくてチン毛が生えた雲になってしまう!マヤコフスキーは引き出しの中の拳銃を取り出して死のうと思った。だがその寸前で彼は思いとどまった。やはり革命の成就を見るまでは死ねなかったのだ。
それからマヤコフスキーは決して外にです一日中部屋に引きこもって暮らした。もう毎朝自分の頭の状態を確認するのもやめた。そうして鬱々とした毎日を過ごしていたある日、彼は偶然鏡に写った自分の頭を見てしまったのであった。マヤコフスキーは自分の頭が異様に黒ずんでいるのをみた。一瞬彼は自分が頭の病気になってしまったのかと思ったが、しかしすぐにそれが久方ぶりに見る自分の毛だとわかって驚喜した。ああ!なんて事だ!これは奇跡だ!キリストに祈るなんてあまりにも反革命的な行為だが、今日だけは祈らずにはいられない!やった!やった!髪は復活したぞ!見よこの黒々とした髪を僕の髪には一髪の白髪もないのだ!
マヤコフスキーは髪が生えそろうまで部屋に引きこもった。そして髪がある程度まで生えそろうと片っ端から同士たちを尋ねたのだった。皆異様に爽やかな笑顔のマヤコフスキーにビビり、そのうちの勇気あるものは恐る恐るマヤコフスキーにスキンヘッドはもうやめたのかと尋ねた。マヤコフスキーはそれを聞いて大笑いし、そして真顔でこう言った。
「俺は部屋にこもっていたとき気づいたんだよ。やっぱり革命は身なりじゃなくて心に革命を起こさなきゃダメなんだって。髪なんか剃っても全く意味がなかったし、却って辛い思いをした。だから俺はこれからは人民に対してこう言い続けるつもりだ」
『真の革命を起こしたいなら髪よりも己の心に巣食っている神を倒せとね』
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