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素敵物語

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「素敵」がテーマの物語集。
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記事一覧

【物語】いかにして席を譲るか

【物語】いかにして席を譲るか

バスが止まった反動で、体がガクッと傾いた。

前につんのめりそうになったのを、足で支える。
秋の行楽シーズン真っ只中の日曜日。時刻は午後2時39分。バスは満席だ。私は1番後ろの席の真ん中に座って、うたた寝していた。

「寺町に到着致しました。お降りの際はお足元にご注意ください。寺町に到着致しました、、、」

寺町か。
銀杏並木で有名な商店街がある町だ。

私が降りる予定の停留所は、葉山四丁目。

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【物語】共演者

【物語】共演者

大きなピアノが置かれているステージ。
そのステージは、スポットライトと月光に照らされている。丸いステンドグラス製の天井窓から、月光が差し込む。月光を受けたステージは、神秘的で小さな物音ひとつ許さない静謐さを秘めている。
客席には誰もいない。私の他には誰もいない。
今にもコンサートが始まりそうなほど会場は整っている。

コンサートホールの責任者である私は、明日行われる有名なチェリストの復帰コンサート

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【物語】全ては私に託された。(秋ピリカグランプリ2024参加作品)

【物語】全ては私に託された。(秋ピリカグランプリ2024参加作品)

ビリッバリバリ

透明な壁が破られて、
私たちは世界の空気に触れた。

上品な紙質が自慢の、私たち10枚姉妹の便箋。重なる私たちの中から、1番上の姉さんが引き出された。

白がベースで、縁にアラベスクが書かれている姉さん。私と同じ姿をした姉さんは、紺色のブレザーを着た少女の手で、丁寧に勉強机の上に置かれた。

秋の夜に鈴虫の声が鳴り響く。
少女は黒いボールペンを握り、緊張した様子で1番上の姉さんを

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【物語】洞窟の人魚

【物語】洞窟の人魚

歌が聞こえたから、目を覚ました。

目の前はごつごつした岩だった。
痛む頭をさすりながら、周囲を見渡す。

足元を照らす光があった。
体を起こして上を見る。
手が届かないほど遠くに、空を切り取ったような穴が開いていた。
あそこから落ちてきたのか。
私は、落ちる寸前のことを思い出した。

夏休み。暑くて仕方がなかった。
それなのに、クーラーが壊れた。

「修理している間、遊びに行っておいで。」

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【物語】運命が振り向く声

【物語】運命が振り向く声

ざぁぁぁぁぁぁぁぁぁざぁぁぁぁぁざぁぁぁぁぁぁぁざぁざぁぁざぁぁぁ
土砂降りの中を走る。

ざぁぁざぁぁぁぁざぁぁぁぁぁぁぁぁぁざぁぁぁぁぁざぁぁぁぁぁぁぁざぁ
前を走る男の背中が、激しい雨のせいで霞む。

この男をここで逃すわけにはいかない。
俺は、右に左に動きながら走るビジネススーツの男を睨む。

逃がさない。
この詐欺師を。

ざぁぁぁぁぁぁざぁぁぁざぁぁぁぁぁぁぁぁぁざぁぁぁぁぁざぁぁぁぁ

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【物語】 図書館の過ごし方

【物語】 図書館の過ごし方

かちゃかちゃ、かちゃかちゃ

凄まじいスピードでキーボードを打つ音がする。

僕はそっと隣のデクスを見る。
書籍も書類も角を合わせてきちんと揃えられたデスク。そこに、灰色のビジネススーツをキリッと着こなし、背筋をピンと伸ばして、手元を一切見ずにキーボードを叩く、僕の同期がみえる。

ここ、岬図書館で司書を務める僕と彼。

彼は今、来月この図書館で行われるイベントの資料を作成している。

時間通り、

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【物語】枯葉蝶

【物語】枯葉蝶

「さっき見たんだもん!たくさんの蝶が飛んでたんだ!!」

カフェで面接に向けた資料を読み込んでいた私は、隣の席から聞こえてきた男の子の声に、顔を上げた。

隣の席には、6歳くらいの男の子がいた。リュックを隣に置いて、大きな図鑑を広げて、向かいにいる母親に図鑑を見せていた。銀杏色のセーターを着たお母さんは、ニコニコしながら頷いていた。男の子の話は話半分で聞いているようだ。

男の子は、お母さんが聞い

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【物語】青、祈る

【物語】青、祈る

深紅の楓に彩られた大きな湖。
そこに大きな青い橋が架かっている。
橋を渡り切った先には、T字路。
左に進む。
そこにある、眩しい銀杏が並ぶ細くて急斜面の坂道。

俺は、今、この道を自転車で進んでいる。

ポタリ、ポタリと汗が止まらない。
晩秋の風さえ、今は心地いい。

足が引き攣れて痛い。
しかし、足を止めるわけにはいかない。
ペダルを漕ぐ足を止めたら、すぐに後ろに戻されるだろうから。

前に、前

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【物語】胸を張って狂い咲き

【物語】胸を張って狂い咲き

レギュラーから外された。
何のためにこの頑張ってきたのか、もう分からなくなった。
だから、今日は体調が悪いと言って部活を抜け出してきた。

とぼとぼと音がしそうなほどゆっくりと、私は歩いた。

楓がはらはらと落ちてくる。
私を慰めるように、時折肩を撫でながら、優しく降る。

でも、今はそっとしておいてほしかった。

右手には相棒のフルートが入っているケースををぎゅっと握った。

10分ほど歩いてい

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【物語】一億光年の誤差

【物語】一億光年の誤差

むかしむかし、ある大きな町に、それはそれは立派な桜の木がありました。

桜の木は、大きな天文台の近くにいて、人々の生活を見守っていました。

ある日、有名な天文台の学者がこういいました。

「冬の時期に南西に見える赤い星は、あと100年でなくなるでしょう。」

桜の木は驚きました。
あの赤い星は、桜の木が冬の長い夜を共に過ごしてきた、大切な友達だったからです。

学者はこう続けました。

「星の輝

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【物語】裏庭から愛をこめて

【物語】裏庭から愛をこめて

「こんにちは~!」

裏庭で竹ぼうきを手に紅葉を掃除していたら、青年の声がした。

声がした方に目を向ける。裏庭と外を隔てる竹垣の向こうに、ジーンズに黒いパーカーを着た大学生くらいの子がにこやかに立っていた。

私は、竹ぼうきを地面に置いた。懐に入れていた手ぬぐいを取り出し、シワが刻まれた手を拭った。こんな老いぼれ爺のところに若い子がきたんだ。身綺麗にしておきたい。

「こんにちは。見ない顔だね?

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【物語】裏庭で愛を知った裏話

【物語】裏庭で愛を知った裏話

「こんにちは~!」

何食わぬ顔で、おれは挨拶をした。

大きな紅葉がある日本家屋に、一人暮らしの老人がいる。このことは事前に調査済みだった。

様子を見るために日本家屋の裏庭を覗いたら、ちょうど白髪の老人が一人で庭の掃き掃除をしていた。そこで、下見を兼ねて声をかけてみた。

おれの声を聞いて、人の良さそうな老人がこちらを向いた。

「こんにちは。見ない顔だね?引っ越してきたのかい?」

老人は、

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【物語】おかしな大冒険

【物語】おかしな大冒険

10月30日の夜。
次の日のハロウィンを楽しみにして、私はベッドに入ったはずだ。

楽しみだったから、
魔女のマントを羽織り、
真っ黒なスカートを着て、
布団に入った。

明日の準備として、
ベッドサイドに黒いとんがり帽子を乗せて、
クッキーを入れた可愛い空き缶を置いて、
猫の写真が飾られている壁に竹箒を立てかけて、
寝た。

いつも通りふかふかのベッドに入って眠ったはずだ。

眠ったはずなのだ。

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【物語】ほろ苦さに導かれて

【物語】ほろ苦さに導かれて

オシャレなレンガ造りの街並み。
モデルのようなスラリ長身の女性が、金色の髪をなびかせながら街を颯爽と私の横を通り過ぎた。街には、先程すれ違った女性と同じくらいの美人や、ハリウッド俳優さながらのイケメンがあちこちにいる。

まるでファンタジーの世界のような煌びやかな風景に、私は眩暈がした。

落ち着こうとあたりを見渡した時、小さな雑貨店の扉に私が映った。

秋らしい茶色のチェックのスカートに、深いワ

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