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#小説

9月 君が知らない君

10畳の部屋には夕陽の光芒らしき光の筋が映えており、限りなく海に似た青が地面に塗られている。住人の空想が部屋の背景に反映される。9月29日が住む世界は特殊である。愛書を開き静かな時間を過ごそうと思った矢先、コンコンと、ノック音が響く。

「どうぞ」

優しい声色に促されるまま、一人入室した。9月29日とは近しい存在の9月30日だ。

「お邪魔します」
「こんにちは、9月30日」

言わずもがな、9

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願いと夢

「願いと夢の違い?」
僕の質問を復唱する。
「自分の力で叶うものが夢。自分の力だけでは及びもしない願望が願い」
先月より涼しい今日。縁側で団扇を強く煽ぐ君。敢えて髪留めなんかしちゃって。
「ほら、夜空の星に願いを込めるのとか。自分の力で叶うなら、流れ星にも天の河にも祈らないのよ」

乾きと俯瞰が入り混じった答えだと思った。神様によって裂かれた彦星と織姫の二人に、僕は願いを短冊用紙に書いていいのか、

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suit & sweets

suit & sweets

「もう一回言って。聞こえなかった」

秋。付き合いたての彼は少し変わり者だと気付いた。

例えば、私の知識ではうまく言い表せられない、黄色とも橙色とも断定しづらい色のTシャツ。

例えば、私より豊富な種類の香水とbbクリームを知っているところ。

妙なところで彼は個性が突出している。今日も彼の部屋にお邪魔し、奇妙な言葉を耳にした。

「だーから。スーツ姿でオフィス街のスイーツを買うのが趣味なの」

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彼が眠る頃

顔を上げるとPC画面から求職者の顔が消えた。オンライン面接が主流となって求職者は自宅から面接に臨む一方、面接官の僕は変わらずオフィスから向き合う。

世界が変わる前と働き方に差異が生じない苛立ちごと、オフィスビルと最寄り駅の間に位置する喫煙所にて燻らせた。

星が見えない街のホームは数分間隔で電車が訪れる。乗り込み揺られて1度駅を経由する。地方へ続く路線は途中から席が空き、座り込むと静かに眠りにつ

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スマイルマーク

スマイルマーク

文也は受信したメールのURLをクリックした。画面が切り替わり「通話を起動」にカーソルを当てて右手人差し指を動かした。

PCの画面越しに高校時代の友達が二人。文也と共に天文部に所属していた理人と佳苗だ。

理人は高校時代より垢抜けていて爽やかだ。

佳苗はアッシュグレーに染めた髪色とナチュラルに浮かぶ笑みが特徴的。

第一声に朗らかな声が届く。
「文也。久しぶり。SNSでも繋がっているけどさ、雰囲

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