suit & sweets
「もう一回言って。聞こえなかった」
秋。付き合いたての彼は少し変わり者だと気付いた。
例えば、私の知識ではうまく言い表せられない、黄色とも橙色とも断定しづらい色のTシャツ。
例えば、私より豊富な種類の香水とbbクリームを知っているところ。
妙なところで彼は個性が突出している。今日も彼の部屋にお邪魔し、奇妙な言葉を耳にした。
「だーから。スーツ姿でオフィス街のスイーツを買うのが趣味なの」
身なりに気を遣い、フェミニンな雰囲気と割れた腹筋というアンバランスな出立ち。第一印象がとても良く、パッケージ詐欺感が否めない。
「どうして。どうしてわざわざオフィス街でスーツを着てスイーツを買うの。ダジャレ?コスプレ?ハロウィンが近いから?」
「違うって。うーん、どうしてって聞かれても。一つ一つ理由を挙げて良い?」
どうぞと促すと、背けたくなるほどの光明が目に宿った。可愛い。
「スーツを着るのは大人な気分になれるから」
少し上擦った声が露呈する。そうだね、君はまだ大学一年生で私は大学三年生だもの。大人ぶりたい年頃なのかなと推測する。
「オフィス街でスイーツを買うのは、なんていうか、デパートで男一人で買うのが緊張しちゃって。だから、その、スーツ着てオフィス街で買えば違和感無いかなって」
どもりどもり喋るから、意味もなくおでこを突きたくなる。
「スイーツはデパートで買えないんだ?」
「うん。なんでだろうね」
「私に聞かれても困るよ。そう言えばどこのオフィス街?M?それともS駅の西口?」
イニシャルで問いかけて、恥じらうように「M」と答える。
彼をからかう今が楽しくって、もがくように破顔を堪える。彼はレールを走るように私の的になってくれる。
「ねえ、今年のハロウィンはスーツ姿になってよ。大学1年生のスーツ姿はスーツに着られているどころか、コスプレ感あるでしょ?」
「いいけど。外に出るのは遠慮したいし」
10月末日。再び彼の部屋にお邪魔した。いつも通り、ラベンダーの香りがアロマデュフューザーから漂う。
普段と違うのはフォーマルな格好をした男性が横たわること。
「ねえ、恥ずいよ。もう脱いでいいでしょ」
「ダメだよ、ちゃんと着てて」
20前後で年齢2歳差は彼の中で大きいのか、素直に聞いてくれる。外したスーツのボタンを再度留めた。
「あ、そうだ。スイーツを買ってきたんだ。一緒に食べよう」
そう言って彼は箱を開けて、二人はモンブランと対面した。
「他の店舗でもスイーツは買ったんだけどさ、秋のスイーツの花形はモンブランじゃん?」
「そうだっけ?私分からないや」
「一旦、そういうことにしといて」
軽やかな声で笑ってみせて、つられて笑む。
「このモンブラン一つしかないんだ。どういう意味か分かる?」
「私鈍いから分からない」
「1つしか無いということは、1人しか食べられないんだ。」
「半分こじゃダメなの?」
「ダメだね」
慣れない悪戯な笑みを浮かべる。その風采がとても綺麗で、この子は前世は美少女に違いないと邪推する。
「じゃあ、私はいいや。食べなよ」
「そうじゃなくて、ほら、ハロウィンと言ったらアレよ」
「アレって何よ」
「お決まりのセリフ言って」
ハロウィンにおけるお決まりのセリフ、それは「Trick or Treat 」だ。当然、分かっているし彼の導線も理解している。しかし解釈違いなのだ。
私が彼に言わせたい。とは言え、せっかく年下男子が頑張っている姿も悪く無いから、もう少し付き合ってあげよう。
「お決まりのセリフってなんだっけ?」
「分からないの?ぷぷ、教えてあげようか?」
「はいはい、Trick or Treat でしょ」
「正解」と答えて、満足気だ。後で彼にも言わせれば良いし、年上として応えてあげよう。
「Trick or Treat 。お菓子くれないとイタズラしちゃうぞ」
十月末日なのに、身体が急速に冷えてきた。まるで北風を浴びているようだ。いつも彼は可愛いと言ってくれるが、可愛いそぶりは本当に苦手だ。まだ可愛いに慣れていない。
「はい、頑張りました」と私に囁く彼はきっと、可愛いに慣れている。そっとスプーンで頭部にそびえ立つ栗ごと掬って、私の口へ近づける。
「開けて?」
あまり大きく口を開かないように、窄めるように、そっと唇を動かす。
「はい、ご褒美です」
そして私の口へ甘味が広がった。視覚と味覚が確かに満たされて、いつぞやの寒気が吹き飛んだ。
秋。幸せそうに私を見つめる、付き合いたての彼はパッケージ通り甘くて可愛い。