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青い夏の話
大人になってからたくさんの言葉を知ったはずなのに、いざ何か話そうとすると上手く言葉が出てこない。出てくるのは誰かが作ったテンプレートのような言葉だけ。子供の頃は考えるよりも先に口から言葉が出ていたというのに。このモヤモヤした気持ちに加え、10月になってもまだ残る夏の暑さで頭がおかしくなりそうだ。
このままではいけない。そう思った私は日記を書いてみようと文房具屋で小さめのノートとペンを買った。さて、何を書こう。今日は何をしたんだっけ。⋯⋯あぁ、そうだ、文房具屋に行ったあと新しくオープンしていたカフェでケーキを食べたんだ。オープン記念のサービスで可愛らしい猫の形をしたクッキーも貰って嬉しかったな⋯⋯。あとは、SNSのアカウントを作り直した。最近は見たくないものばかりが目立つようになって、好きなコンテンツがあるのにSNSを見るのが嫌になっていた。だから新しく自分が好きな物をたくさん見れるように作り直してみた。今日の出来事はこれくらいだろう。
頭の中ではスラスラと言葉が出てくる。しかしそれをノートに書き出そうとすると手が止まってしまう。頭の中で自由に飛び交っていた言葉達が急にぼやけてバラバラに崩れていく。それでも何とか掴んだ言葉を書き出してみる。書いては納得がいかずその文字をぐしゃぐしゃに塗りつぶし、ページが黒で埋まっていく。床には破り捨てられたページが転がっている。新しいノートも頭の中もぐしゃぐしゃだ。心は情けない気持ちで埋め尽くされ顎まで伝った涙がぽたぽたと落ちている。
私はぼやけた視界のままノートに「何も書けない」と書いた。
たくさん言いたいことがあるのに
言葉が出てこない
頭の中はうるさいのに
ずっとこのままは嫌だ
言葉も場所もバラバラに心の中で思ったことをそのまま書き出していた。考えたら分からなくなる。だから何も考えない。
ぐしゃぐしゃのページがたくさんの言葉で埋まっていく。明るい言葉は少ないけれど、全て書き終わると気持ちがスッキリしていた。ずっと心の中で詰まっていた言葉たちだ。明るい言葉を捕まえようとして、心に詰まっていた苦しい気持ちを抑え込んでいたんだろう。やっと深い呼吸が出来る。心做しか視界が明るく体も軽い。私は床に散らばったもの達を片付けることなくベッドに寝転がった。きっと私は言葉を心で抑えていたんだ。言葉があっているか、この伝え方で相手が不快にならないか、間違ったことを言おうとしていないか、相手も自分も傷つけたくないからたくさんの心配で言葉を消していた。
完璧にこだわるのはやめよう。拙い文でも私の言葉で伝えればいい。そう思うといろいろな話が頭に浮かんできた。不思議なクラゲと友達になる話、朝が好きな夜の話、誰かの何気ない日常の話、これを話したらきっと誰かは面白いと思ってくれるだろう。こんなにワクワクした気持ちになるのはいつぶりだろうか。窓から入ってくる風が心地いい。レースカーテンの隙間から見える外の世界は青色に包まれていた。いつの間にか夜が明ける時間になっていたようだ。
眠って起きたら私の話を聞いてくれる誰かに向けて「はじめまして」と呟いてみよう。