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フォーレが語る、《シシリエンヌ》

Note上で展開する、架空のラジオ番組《クラシック・エトセトラ》。
この番組では、毎回異なる音楽家がパーソナリティーを務め、
自身のお気に入りの曲と、その曲にまつわるエピソードを語っていきます。
今日の担当は、作曲家のガブリエル・フォーレさんです。
(お話は史実に基づき構成しています)


こんにちは、ガブリエル・フォーレです。
パリで、作曲家とオルガニストをしています。

ジョン・シンガー・サージェントによる
ガブリエル・フォーレ(1845−1924)の肖像、1889年。

さて今日は、僕の作品の中から《シシリエンヌ》という曲を紹介するよ。
この作品は面白いことに、紆余曲折、
いろいろな道を辿って何度も生まれ変わったという
僕の中でも特に思いの深い、愛着のある曲だよ。

最初にこの曲を書いたのは、
まだ僕が50歳になる前、1890年代の初め頃だよ。
僕の音楽人生の師であるサン=サーンス先生から、
先生の代わりにある作品を書いてと頼まれたんだ。

フォーレによる『町人貴族』のための《シシリエンヌ》の自筆譜


モリエールっていう作家を知っている?
凄く古い17世紀頃に活躍したフランスの古典喜劇の大家なんだけれどね。
パリのある劇場が、モリエールの『町人貴族』っていう戯曲を上演するために、
新しく音楽を書いてほしいってサン=サーンス先生に依頼したんだ。

『町人貴族』の主役ジュルダン


それで先生に変わって、
この《シシリエンヌ》を含めた数曲を作曲したんだ。
この時《シシリエンヌ》は、
幕間のバレエの時にオーボエがソロを吹くって形で書いたんだよ。
けど、なんとその劇場が倒産しちゃったの。
もう曲は完成してたのに、1回も上演されないまま!
作品はお蔵入りになっちゃたってわけ。
ひどい話でしょ。


それから5年近く経って、50代の半ば頃かな。
あるチェロ奏者から、チェロのために曲を書いてほしいって頼まれてね。
忙しかったし、新しい曲を書くより、
お蔵入りになってた《シシリエンヌ》をチェロ用に書き直そうってひらめいて、
それでチェロとピアノ用の《シシリエンヌ》が出来上がったんだ。


ちょうど同じ頃なんだけど、イギリスの有名な女優さんから
今、欧州中で注目を集めてるベルギーのメーテルリンクっていう作家が書いた
『ペレアスとメリザンド』っていう戯曲をロンドンで上演したいから
音楽を書いてくれっていう依頼があったの。

フォーレに作曲を依頼したイギリス人俳優パトリック・キャンベル


『ペレアスとメリザンド』の劇中には、
主人公のペレアスとメリザンドが
夜の泉で愛を告白し合う
ちょうどこの曲にぴったりな場面があってね。

《シシリエンヌ》が演奏される泉の場面、『ペレアスとメリザンド』より


二人は愛を確かめ合うんだけれど、この後二人ともに死ぬ運命にあるから、
美しさの中に悲しみが宿っているっていう場面で、
《シシリエンヌ》の短調の調べがなんとも合うんだよ。
それで、この場面にこの曲を使うことにしたんだ。
ソロの楽器をフルートに変えてね。
もともと演劇用に書いた旋律だから、やっぱり劇にはしっくり合うんだよね。

フォーレの作品から4年後の1902年ドビュッシーもこの『ペレアスとメリザンド』をもとにオペラを作曲している。


ただ作曲の依頼があったのは、すでに上演の2ヶ月くらい前でね。
他の仕事もたくさん抱えていて、
ロンドンでの上演までに、僕がオーケストラを書く時間がなかったんだ。
それで、その時は作曲の弟子のケクランに細かい指示をして、
管弦楽を彼に担当させたんだ。

ペレアスを演じるフランス人俳優サラ・ベルナール


そして、そのロンドンでの上演の後、少し時間ができた時に
あらためて自分で管弦楽版を書き直したんだ。
ロンドンでは、劇場の制約もあって小さい編成用のオーケストラだったからね。
サイズの大きいオーケストラでも演奏できるようにと思ってね。

1905年のフォーレ


ということで、この《シシリエンヌ》は僕にとって紆余曲折ありながら、
何度も見つめ直した思い出深い作品なんだよ。

今日は皆さんに、オーケストラ用の《シシリエンヌ》と
チェロとピアノ用の《シシリエンヌ》を2曲続けて聴いてもらおうと思います。

演奏は1曲目のオーケストラ版は、
ダニエル・バレンボイム指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ソロのフルートを吹いているのは、エマニュエル・パユ。

2曲目のチェロ版は、チェロがゴーティエ・カピュソン、ピアノがジェローム・デュクロです。


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夏目ムル
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