『オリエンタリズム』 エドワード・W・サイード ~心象地理≒思考停止~
オリエンタリズム 上・下
エドワード・W・サイード
今沢紀子訳/板垣雄三・杉田英明監修
脳内で処理してつくりだした妄想上の他者。
私たちは、頭の中で勝手に他者を解釈して、憧れたり、見下したり、敵視したりすることがあります。そういうメカニズムによって自身の存在意義を高める人間や共同体も残念ながらあります。
その桁違いにスケールの大きいバージョンが、帝国主義のヨーロッパで花開いた「オリエンタリズム」だといえるのではないか。本書を読みそう思いました。
「オリエンタリズム」はヨーロッパにおける文芸・芸術上の一思想潮流です。
サイードはこの言葉と内容を改めて定義しなおし、批判的に検討しています。1978年に米国で刊行され、各国語に翻訳され、さまざまな論争を巻き起こし、今も問題を提起しつつ読み継がれています。
サイードはパレスチナ系アメリカ人の英文学者で、本書での分析の対象はおもに18世紀以降の英仏、および現代アメリカの文学作品です。西洋人(ウエスタナー)が東洋人(オリエント)に持つ非対称的な考え――平たく言ってしまえば根拠のない上から目線――の構造を読み解き批判していくプロセスは、(素人目には)華麗でエキサイティング。
私たち日本人にとってわかりやすいのは、プッチーニのオペラ『蝶々夫人』ではないでしょうか。日本人から見ると噴飯物の衣装や演出をよく見かけますよね。ありえない着物の着付け。かんざしは箸ではなーい!!
バレエでは、インドの僧院の舞姫がヒロインの『ラ・バヤデール』も、西洋人が考えるオリエンタル風味が満載です。訓練された美しい肉体による表現のせいで、ついつい批判の目も曇る。
そしてこれらに共通するのは、異国情緒への興味に混ざった、かすかな蔑視の念なのです。
異質すぎて輪郭があいまいな他者については、一定のイメージを作ってそれで表象することにより、把握したことにする。これを「心象地理」と呼ぶそうです。
「オリエンタリズム」の屋台骨はこれなのですね。その建材はもちろん、ヨーロッパの帝国主義、キリスト教、白人至上主義、人種差別、植民地主義などです。
「多様な社会的・言語的・政治的・歴史的現実に対して、オリエンタリズムほどに固定的で、多分に総括的な地理的位置をしめようとする分野は、他にまったく例がない」
「彼らにとって、学問とは、オリエントの御しがたい(非西洋的な)歴史ならざる歴史を、秩序ある年代記や肖像画や筋書きという罠でもってうまく捕捉することにほかならなかった」
一種の思考停止ではないですかこれは。
芸術作品や文学作品に登場する東洋人や東洋の事物の表象は説得力を獲得し、何の科学的・実証的根拠もないままに、西洋の中東政策にまで影響を及ぼしかねないほどの力を持ちます。
現在、イスラエル軍によるガザ地区の攻撃が連日報道されています。
「イスラエルによる西岸およびガザ地区の占領、パレスティナ社会の破壊、ならびにシオニズムのパレスティナ民族主義に対する間断ない攻撃をまったく文字通りに指導し、その参謀の役割を務めた者こそオリエンタリストだったのである」
イスラエルをこんにちのようなイスラエルにしたのは、ヨーロッパのキリスト教徒たるオリエンタリスト。今回の事件にかんする英仏独政府の(ほぼ)沈黙ぶりは藪蛇になるのを恐れてのことでしょう。
東洋研究の権威をもって任じたオリエンタリストの「手法」を分析するサイードの「手法」はため息が出るほど豊かで美しい文芸批評ですが、同時に厳しい文明批評でもあります。
(2023年11月にインスタグラムに投稿した記事です)
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