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SS『テリヤキチキンとたまごのサンドイッチ』

ショートショート
『テリヤキチキンとたまごのサンドイッチ』

私は自動決済システムが嫌いだ

それは私の大切な時間を奪った 

コンビニでバイトを始めてからそろそろ1年間が経つ私は、そのシステムの導入によってわざわざ金銭を受け取り、お釣りを渡す手間が省かれることを憎んだ

憎んでも仕方が無いことだし、世間ではそれが便利とされているため、そんなことを思う私は明らかにマイノリティだろう

実際にお客さんで自動決済システムを活用する人は多いし、店長も私と同じアルバイトの人も、みんな仕事が楽になったと言って気分が良くなっている

しかし私は真逆だった

私が密かに好意を寄せるあの人との唯一の限られたコミュニケーションの時間を失われたのだから

あの人はほぼ毎日、だいたい20時頃にコンビニにやって来て買い物をする

買うものは決まっていて、コーラとサンドイッチとタバコだった

サンドイッチはいつも『照り焼きチキンとたまごのサンドイッチ』を選び、タバコはSALEMという少し珍しい銘柄だった

人気が無いが渋いタバコを選ぶところも好きだったし、たまに私はタバコを吸うあの人の姿を想像しては口角を上げていた

SALEMは170番だ

私は唯一その番号だけは目を閉じても手に取れるほど覚えていた

私は「いらっしゃいませ」とマニュアル通りの言葉をいつものようにあの人に投げかけ、コーラは炭酸が抜けないように、サンドイッチはできるだけ形が崩れないように優しく持ってバーコードを読みとる

誰にも分からないだろうけど、私はその言葉をあの人に言う時だけは少し語尾を伸ばす

理由はないが、なんだか『あの人にだけそれをする』という秘密の自分ルールが特別に思えたのだ

「170番」と、あの人はやる気の無い声を出す

はいはいいつものね、と私は彼女になったつもりで心の中で答える

レジ袋はいらない。それもいつものことだから知っている

白く細く、綺麗な手で黒い二つ折りの財布から出されるお金はいつも1000円札で、私はお釣りの54円を渡す

コイントレーを使うマニュアルだが、私は必ず手と手でそのやり取りをした

あの人と共有する時間を少しでも長くしたいから、私は50円玉がレジにあっても「10円玉5枚でもいいですか?」と嘘をつき、身勝手な遅延行為をすることもある

お釣りを渡す時、私はやりすぎだと思われないであろうギリギリの節度であの人の手に指先だけ触れる

「ありがとうございました」と私はあえて少しやる気がなさそうに言う

あの人に好意があることがバレないための悪あがきだ

「ありがとうございます」と、あの人は聞こえるか聞こえないか微妙な声を私にくれて、SALEMと54円を撓んだ右ポケットに入れながらコンビニを出て行く

週に2〜3回しかない、その僅かな1分足らずの時間が私は待ち遠しかった

あの人がコンビニに入ってくると、私は品出し作業や検品作業が途中であってもすぐにレジに立つ

サンドイッチ売り場から近いレジコーナーは私の特等席だ

たまにタイミングが合わず、他のアルバイトの子があの人に接客した日にはとても落ち込んだ

その怒りと苦しみをぶつけるところが無いため、そんな日には必ず私も『テリヤキチキンとたまご』のサンドイッチを買って食べながら歩いて帰った

『テリヤキチキンとたまご』が残りひとつになった時は私は休憩室の冷蔵庫にこっそり隠し、あの人が来店したらすぐ棚に戻したりもした

あの人が『テリヤキチキンとたまご』がなかった時に何を選ぶのかも気になったが、私はそんなことよりもあの人がいつも変わらず好きなものを買って食べているという健気な可愛らしさと、その大切な時間を、私も大切にしたかった

しかしそんな時、自動決算システムが導入された

バイトが休みの日に、コンビニから連絡が入った時に私は愕然とした

あの人から1000円札を受け取りたいのに!
あの人に54円を渡したいのに!

あぁ、世の中の便利というものは手間を省くと同時にかけがえのない憩いの時間まで奪うのか

自動決算システムという憎き便利システムが導入された数日後、私はバイトに行った時にその決算方法を店長から教えられた

カードやスマホをタッチした時の「ペイペイ♪」や「クイックペイ♪」という単調で軽はずみな音は私をさらに苛立たせた

たまにしか耳にしないが「ワオンッ!!」という犬の鳴き声のような決算音のせいで犬さえ嫌いになりそうだった

私にとっては「バルス」のような滅びの呪文だ

でもでも、あの人が自動決済システムを使いさえしなければいい話だ

お願いだから、現金派であってくれ

そう願い、その日も20時過ぎにあの人の来店を迎えた

入口を通り抜けてすぐに曲がり、買ったことが一度も無い雑誌コーナーを横目に通り過ぎて
ドリンクコーナーの扉を開け、コーラを手に取った

よしよし、いつも通りだ

そしてサンドイッチコーナーで「テリヤキチキンとたまご』を手に取る

(それは私があなたのために取っておいたんだよ)と心の中の私が笑っている

そしてレジに来る

「いらっしゃいませ」

しまった、いつもより少し声が震えてしまったかもしれない

「170番」

いつものSALEMだ、よしよし

いつも通りにバーコードを読みとる

「946円です」

するとあの人はポケットからスマホを取り出した

まさか、、、

あの人は画面を開く

お願い、お願いだから

滅びの呪文だけは唱えないで…!!

彼はチラッと私の目を見てこう言った

「あと、126番」

…え?

私は一瞬頭が真っ白になった

困惑の感情が表情にも出てしまったのか、あの人はもう一度「126番おねがいします」と言った

「あ…はい」

ようやく気付いた

タバコの番号だ

でも、なんで…?

いつもと違う

そんな番号、その口から聞いたことない…

私が知っている、私があの人について知れる限りの「いつも」と違う…

126番を取りに行くと、その番号札の後ろには『ピアニッシモ』というピンクに彩られた箱が並んでいた

・・・・・・・・・・

私は察した

1年間バイトをしてきて、このタバコを買う人は決まって女性である

そのうざったいほど残酷で綺麗な箱を前にして私は戸惑ったが、動揺しているのがバレないように装ってサッと1箱を手にした

震える手でバーコードを読みとる

「1516円です…」

この時発した言葉は誰が聞いても間違いなく力が無い言葉だった

「ワオンで」

しかも自動決済…

「はい、タッチお願いします…」

ワオンッ!!

私は滅びた

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